十六夜に立つ。(ジャレッド・フロウの備忘録)【神樹を守る子ら】

神は何を悪と見る ページ1

ああ、今日も涼やかだ。
私は、いつもの通り麦茶を口にする。妻がわざわざ原料から厳選して、私の好みに合わせてくれたスペシャルブレンド。
香ばしく、それでいて苦味やえぐみが少ない。たかが麦茶と思うが、私も最初に飲んで、とても驚いたものだ。
神樹の加護が及ぶ世界の中から見た世界で、私は涼やかな風を受けながら冷たい麦茶を一口、またひと口と喉に流し込んでいく。
私の仕事は治すこと。｢直す｣ことでもあり、｢治す｣行為でもある。あるいは、元に戻すことかもしれないし、時を戻しているのかもしれない。
私はヒトを、生き物を治すことは出来ない。
医師とは言いながらも、私は神樹を『修復』するのが仕事であって、人を『治療』する事は出来ないし、その知識はない。
簡易的な応急処置や対症療法なら心得はあるものの、やはり他の医師には敵わないのが正直なところ。
神樹に綻びが出来れば、それはすなわち私たち無能力者の生きる世界が崩されてしまうことを意味する。
それを防ぐために、私は生きている。
神樹から見た世界は美しい。……………少なくとも、外の世界よりかはの話だが。
今日も神樹は生きている。葉を生い茂らせて、枝を張り巡らせて。
今日もヒトは生きている。神樹のうろで、神樹に守られるように。
神樹を神とするならば、人々は神の子とでも言うのだろう。
神樹の中は、まさにユートピア、理想郷とも言えるのだろう。

でも、それでいいのだろうか。
魔法使いも無能力者も選民思想を持つ人間はいくらだっているし、その逆も然り。
私はむしろ後者の考えであり、正直なところ、なぜ両者は相容れないのかが解せない。
同じ人間なのにと思うと、どうしても憎むことは出来ない。
罪を憎んで人を憎まずという言葉は、とっくの昔に忘れ去られたのだろうか。
世界は今、一つの試練を迎えている。
私たちが悪となるか、あちら側が悪となるか。
さあ、どうなることやら。
私は麦茶を飲み干し、自分の部屋へと戻った。

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