■ ページ32
.
そんな夜を何度か過ごした。
いつも彼は姿を見せず、きっと仕事にでも行っているのだろう。
彼の嬉しそうに笑った顔が脳裏に浮かんで離れない。この年で恋だなんて。本当に笑えない。
しかも1度会っただけの素性も、名前すら知らない男に一目惚れ、という訳ではないけれど似たようなもの。バカバカしいと一蹴されてしまいそうな感情だった。
いつまでも彼を待っていても仕方ないと思い、彼を同じ時間に待つのは今日で最後にしようと考え、残業帰りのスーツのままでベランダに出る。
柵に寄りかかって項垂れて
「いつになったら会いに来てくれますか、」
誰にも聞こえないような、か細い小さな声が無意識に口から零れた。
「ばはっ、会いにきたのに何言ってんだオマエ」
幻聴かと思った。
でも、間違いなく彼の声だった。
この前よりも少し声色は楽しそうで、この前会ったときよりも感情が声に乗っているように感じた。
バッと頭を上げて、彼の部屋の方を見上げると目の前には私と似たように柵に体重をかけて少しだけ身を乗り出した彼がいた。今日は髪もセットしてあり、眼鏡をかけていた。
彼の顔とスーツは赤い血のようなもので汚れていて、怪我をしているのかと思い動揺する。
「泣くほど会いたかったかよ」
「だって、」
「大して怪我してねぇからそんなに動揺すんなって」
ヘラヘラと笑いながら私の部屋のベランダに身軽に乗り移る。彼の頬には横一線に切り傷があって、思わず傷口にポケットに入っていたハンカチを当てる。明らかに痛そうなまだ血が出ている傷口に、怪我をした彼本人よりも動揺していた。
彼が、怪我をしているのになぜか来てくれたことも、怪我をしていることも驚いて、不思議と涙が止まらなかった。
「ダリィ…ヘーキだから泣くなっての」
「傷口開いちゃう…お願いだから喋んないで……」
喋る度に頬が動き、彼が私を見て笑う度に傷口がうっすら開き、少しだが血が垂れてくる。私が彼の頬に手を伸ばしているのと交差するように、彼が私の頬を伝う涙を親指で拭う。
指で涙を拭うと、両手で私の頬を包み込むようにして、顔を近付ける。その距離感にシガーキスのときを思い出し、顔が熱くなる。
彼はそっと優しく私の唇に軽くキスを落とす。
私のリップが少しだけ彼の唇に移って赤くなっていた。それが妖艶で刺激が強くて、目が逸らせない。
「あ、お、お兄さ、」
私が声をかけると、彼はそれを無視して、真っ直ぐに私を見てその言葉を遮った。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 140人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「東京リベンジャーズ」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
Alice(プロフ) - きなこだいふくさん» 最後までお付き合いいただきありがとうございました…！そんな風に言っていただけて嬉しい限りです…！続編を作るかもしれないので、もし作った際はぜひよろしくお願い致します♡ (2022年4月2日 17時) (
レス) id: fa28fe383f (このIDを非表示/違反報告)
きなこだいふく(プロフ) - 完結おめでとうございます。とても面白い話がたくさんあり、私自身とても楽しく読み進めることができました。こんな神作をありがとうございます！そして、更新お疲れ様でした！ (2022年4月2日 11時) (レス) @page46 id: 90c5be706c (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：Alice | 作成日時：2021年9月19日 20時
