アンバー 3 ページ20
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「……アイス、何味が好き?」
「え、…ソーダ」
「バニラは?」
顔は伏せたまま、切長な目線だけがわたしに向けられる。
乾いた喉をごくりと鳴らし、わたしは頷いた。
わたしがその時、何を思っていたかと言うと
若いお兄さんに(ティッシュをあげただけでも)頼ってもらえたことへの鼻の高さと、その人の顔がかなりかっこよかったことと、自分はもしかして何か変われるんじゃないかって言う淡い期待と。
「……バニラアイス、いっぱいあんねんけど」
じっとりとセーラー服が背中に汗で張り付く。
蝉の声が小さく聞こえる。
わたしの運動靴に蟻がよじ登る。
「……ウチ来て、食べる?」
また、口の中を湿らせた。
悪いことをしている気持ちになるのはどうしてだろう。
わたしは、頷く。
「行く」
「ん、おいで」
彼はほとんど蟻の餌となってしまったアイスの棒を指で摘んだまま、夕日が沈む方向へ歩き出した。
途中のコンビニの前に置かれているゴミ箱に、それを捨て、わたしは〈家庭ゴミはご遠慮ください〉の貼り紙を見ないふりする。
「上がって」
それは古そうなアパートの一階で、入ってすぐにキッチンがあって、奥の部屋は散らかっていらように見えた。
一歩足を踏み入れると、鼻が曲がりそうなほど強く、甘い香りがする。
「名前はなんて言うん」
「A、です」
「Aちゃんか」
年上の男の人に、名前を呼ばれるのはなんだかもどかしくて恥ずかしかった。
「僕は、隆平な」
彼は小さな冷蔵庫から棒状のバニラアイスを取り出し、それをわたしに手渡す。その瞬間、また彼と繋がったけれど、さっきと違って私たちを分断する蟻はこの部屋の床にはいない。
散らかった部屋に案内される。アイスを舐めながら床に座る。
彼は静かに、わたしを見ているような見ていないような、そんな感じだった。
「隆平……さん、は何歳ですか」
「“さん”とかつけなくてええよ」
「隆平くん」
恥ずかしくなる。胸がきゅうっと苦しくなる。
わたしが彼を呼ぶと、彼は眉を八の字に垂らしてほとんど初めて笑った。
「僕は21歳、大学生」
大学生、その響きがとてもかっこいい。今わたし、大学生の男の人と話している。
バニラアイスを齧るとどろっと口の中で甘く広がる。
ぬるい部屋で溶け出す白いアイスが、わたしの指をベタベタに汚す。
閉じられたふすまの前で座る彼は汗をかいていて、高揚した頬がなんだか、とても、………熱く感じた。
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作者名:ねこひこ | 作成日時:2020年2月13日 21時