富士のアヤメと鷹の爪 6 ページ16
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3年生になった。
わたしはまだ絵を描き続けていた。
美大受験に向けていよいよ本腰を入れ、錦戸先生に個人的に相談することもかなり増えた。
夏前に、わたしのクラスには一人転校生の男の子が来て、中途半端な時期の転入に戸惑いを見せることなく、クラスに馴染んでいく姿がまるでタカコみたいだなと思った。
彼はすぐさま人気者になったし、緩めの校風を最大限に利用した制服の着崩し方から見て、わたしのような地味女とは住む世界が違う。
だから今、こうして彼と一緒に絵を描いている自分は、なんだか異世界に迷い込んでいるように感じた。
錦戸先生からわたしが美大志望だと聞きつけた安田くんが話しかけてきたときから、わたしはずっとふわふわしている。
受験が近いからでは、ないと思う。
ねえタカコ。タカコは本当は美大に行きたかった？
自分には才能があるのに、環境のせいで進学を諦めたのはどんな気持ちだった？
部活を引退してからも、錦戸先生にお世話になり続けているわたしをどう思ってる？
わたしは錦戸先生から紹介を受けたAさんと言う画家の方に、安田くんと一緒に見てもらっているの。
すごく優しくて、素敵な人だよ。先生の美大時代のお友達だって言ってたけど、お付き合いされてるんじゃないかなって、少し思ったの。
先生、Aさんのことを話す時、とても優しい顔をするから。
「藤咲さんは、パレットを小さく使う癖があるね」
Aさんが言った。
「濁りやすくなる。藤咲さんの描きたい絵は、もう少し澄んでいると思う」
ぐちゃぐちゃに絵の具が混ざったパレットは、わたしの心みたいだった。汚い、醜い、痛い。
「安田くん、今日も来てないけど忙しいのかな」
「……あ、わたしが避けられているんだと思います」
「そうなの？」
「なんか、気に触ることを言っちゃったのかも」
「焦ってるのかもね、藤咲さん上手いから。安田くん、準備始めるのが少し遅かったし」
「え？」
「藤咲さんを見てると、こんな自分が美大になんてって思っちゃうんじゃない？これはお互い悪くないからなぁ」
その気持ちをわたしは知っていた。
わたしなんかより、タカコが美大に入った方が良かった。わたしなんか、タカコの足元にも及ばない。
ねえ、タカコ。
タカコは錦戸先生のこと、好きだった？
わたしね、いつの間にか先生に恋をしてしまった。
認めたくなかったの。
わたしの恋なんて、
絶対に叶うはずがないから。
ねえ、タカコ。
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作者名：ねこひこ | 作成日時：2020年2月13日 21時
