富士のアヤメと鷹の爪 2 ページ12
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一年の秋から副部長を任されていたから、わたしがそのまま部長になることはほぼ確約されているのだと、わたしは……恥ずかしながら、そう思っていた。
わたしが一番上手かった。
わたしが一番真面目だった。
わたしは。
わたしには。これしかなかった。
なのに、彼女は突然現れては、わたしの居場所を簡単に攫っていった。
「藤咲さん、マジでうまいよね。漫画みたいなイラストも、こーゆー綺麗な絵も、ちょーうまいじゃん」
田中タカコは、その平凡で堅そうな名前とは裏腹に、派手な……いわゆる、ギャルで。
ただでさえ大きくて丸い目に、重そうなつけまつげを貼りつけて、分厚い唇がいつ見てもピンク色のグロスで艶やかだった。
タカコもまた、錦戸先生を目当てに入ってきた部員の一人だったのだけど、彼女は懲りずに部活に来続けていた。
「てか藤咲さんて名前めちゃめちゃカワイくない？いいよね、アヤメ。藤咲アヤメ。苗字とも合ってるしカワイイ。アタシなんかタカコだよ？田中なんてよくいる苗字なのに、ふつータカコなんてつけるかなって思わない？」
苗字と名前の最初の文字が一緒なのもイヤ、とピンク色の唇を尖らせる。その仕草が、とても可愛かった。
「アヤメちゃんって呼んでもイイ？アタシのことも、タカコでいいからさ」
タカコは、明るくて、かわいくて、わたしとは正反対だった。背がすらっと高くて、脚が細くて、肌が白くて。
こんなわたしにも、こうやって明るく話しかけてくれる。いい子だった。
それがとても、辛かった。
何より嫌だったのが、タカコは絵が上手い。わたしなんかを、軽々と抜いているほどに、上手かった。
上手だねと、彼女を褒めることができなかった。わたしはタカコより下手だったから。
この子は、ついこの前まで帰宅部だったのに。わたしはずっと、美術部で頑張ってきていたのに。
これが才能なのかと、タカコがサラサラと鉛筆を滑らせるのを見ながら絶望した。
見ないで欲しかった。
みんな、タカコの絵を見ないで。
わたしを一番だとずっと思ってて。
お願い、
みんな、わたしを見ないで_____
「田中そんな描けるのになんで書道選択やねん」
錦戸先生がタカコの絵を見てそう言った時、ダメだと思った。先生がタカコの才能を知ってしまった。認めてしまった。きっと、もうわたしのことなど見えなくなってしまう。
「だって去年までは書道の先生がイケメンだったんだもん！センセーが来るなんて知らなかったし！」
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作者名：ねこひこ | 作成日時：2020年2月13日 21時
