Episode29 -5 ページ25
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聞いていいものなのか。
そもそもなにから聞くべきなのか。
聞いてしまってもいいのか。
様々な考えがないまぜになりながら、私はもう一度翔さんの名前を呼んだ。
「翔さん」
「どうした」
返ってくる声は優しい。
その優しさと熱に触れていても、肺の奥が温まらない。
落ち着いてきたせいなのか、余計に頭の中にさっきの出来事が鮮明に浮かぶ。
ちがう。
引っかかった言葉たちが、浮かんでしまう。
“百合亜君はもういないんだ”
“母さんの葬儀にも来なかったような奴に俺の幸せをどうこう言われたくなんかない！”
“お前の運命は百合亜君だった”
“知ったことか”
運命とは何だろうか。
誰にでもそんなおとぎめいたものは存在するんだろうか。
肺の奥の方で冷たい空気が渦巻く。
聞きたくても、どうしても聞けなくて。
私が吐き出す声にならなかった息はただ浴室の水蒸気に溶けていく。
肩に置かれていた翔さんの手が私の頭を抱いた。
後頭部をぬれた大きな手が包む。
「翔さん？」
名前を呼びながら顔を見上げる。
翔さんはお湯に沈んでいた手を持ち上げて髪をかき上げると、その手で私の前髪に触る。
額にペタリとくっついていた髪をかき上げられて翔さんをさらに見上げると、妙に熱の込められた翔さんの大きな目に絡めとられた。
「あの…」
「悪い、我慢の限界」
「…っん」
短く呟かれたとたん唇が奪われる。
最初は重なるだけ。
少し離れて二人の吐息が混ざると、そのまま吐息ごと舌に絡めとられた。
「んん…んっ…」
逸らした首が少し痛むことも、ガラス張りの窓の下に広がる夜景がきれいだったことも、気にすることはできなかった。
ただ唇と頭を抱えこんだ手のひらから伝わるやけどしそうなほどの熱がようやく胸の中に燻ぶった妙な不安を溶かしていくような気がしていた。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2020年6月1日 10時
