Episode28 -3 ページ16
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「え…？」
思考が停止する。
言葉を紡ぎだせない私に、翔さんのお父様は優しい声色で続ける。
「君はとても良い子だと聞いている。翔にそのような相手がいることは大変喜ばしい。だがね、翔はこの櫻井の家を継ぐ必要がある。そのためにはもっとふさわしい相手がいるんだよ」
決して強い言い方をしたわけでも、冷たい言い方をしたわけでもなかった。
けれど喉が締め付けられて、上手く息ができない。
「櫻井家……」
「おや、知らなかったのかな。翔は櫻井グループの本家、櫻井家の一人息子だよ」
「あなた、この辺でタクシー乗るでしょ？あんなのも櫻井家の傘下よ。うちもだけど」
後ろに立っていた理子さんが口を挿む。
そういえば翔さんが呼ぶタクシーはいつも桜のエンブレムが付いた車種だ。
うちもなんて言い方をするということは理子さんの実家も会社を経営していたりするのだろうか。
「それとね」
翔さんのお父様は一度視線を床に落とすと、それから再び私を見る。
まっすぐに目を見るこの感じは、奇しくも翔さんによく似ていた。
「私は翔に幸せになってほしいんだ。あの子にはいろいろと複雑な事情がある」
「………」
「君といればいつか、翔はまた傷つくことになるかもしれない。だからね、あの子の幸せのために、君には翔と別れてほしいんだ」
真っすぐ、誤魔化すようなこともなく、その人は私の目を見つめていた。
翔さんよりは細くて小さな目。
翔さんのあの大きな目はお母様の遺伝子なのだろうかなんて、こんな場所でどうでもいいことを考える。
「私は……」
翔さんのために、翔さんと別れた方がいいの？
言葉が頭の中で渦巻く。
翔さんが傷つく…私と一緒にいるせいで？
私が翔さんの傍にいたら、翔さんを不幸にしてしまうんだろうか。
そんなの。
そんなの……。
「……私、は…」
嫌だ。
離れたくない。
けれどその言葉は、喉で突っかかって出てこない。
威圧感の前で乾いた唾液を必死に飲み込む。
握りしめた手が、小さく震えていた。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2020年6月1日 10時
