【０】遠望の風音 [ｶﾉﾝ] ＊Prequel＊

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俺はその日から早速、Aの下で働く事になった。
働くのだからもちろん相応の収入がある。

尤も、普段の生活を送っている分には大した仕事は無いのだろうが。
──そう思っていた俺の考えの方が甘かったというのだろうか?



翌日も翌々日も、その翌日も彼女の顔を見て、彼女の声を聞いた。



まず最初の無茶振りは、彼女の下にお仕えし始めた当日に起こった。

俺は始め、彼女の事を妥当に“お嬢様”とお呼びしたのだが
お気に召さなかったらしく“同じ歳なのだから敬称など気にするな”と言われた。


しかし俺達には立場があり、呼び方の場合によっては両親にお叱りを受けかねない。
とはいえAの頼みでもあるので、“A様”とお呼びさせていただく事にした。

ただ、心の中ではこうして呼び捨てにしてくれと約束されたのでそうしている。

──本当に心の内で約束が果たされているかなど
本人にしか確かめようがないのに、不思議な事を言われたものだと思った。



また数日経って、Aは一日中家に止まっている事は殆どないのに気がついた。
家庭教師を呼ばず、自ら学校に通いたがり、風邪でもひかない限り休みはしない。

やがて俺も付き添いに学校へ通わなければならなくなったが、大した問題ではなく。
寧ろ学校に通い始め、執事であるにも関わらず自分の為の時間が増えていった。

俺はこの先何年とAに仕え、ろくな友人など出来まいと思っていたが
学校での知り合いが出来た。……何故だ? 何故か俺の方が満たされている。



どこか、俺の思っていた街中の立派な良家に対する印象とは異なる感覚だ。

もし俺がいずれにせよこうして誰かに仕える事になり、こき使われるような
運命を迎えても、それを当然だと受け止めて何も疑問には思わなかっただろうに。

Aは俺に対して親しい友人の感覚のように接してくださるし、
両親はそれはそれで全く構わないといった様子で何も仰らない。


強いて良家らしいと言える部分は、その両親が娘に対して余程過保護な事くらいか。

母親も基本的には家でゆったりとしているが、時に父親が手をつけられない時に
出来るだけの執務ものんびり……に見えて、しかし手早く的確に熟す──

失礼ながら見た目の印象にそぐわない能力を持っていたりする。



父親は、この街が寄り添う対象となった、辺りでは唯一クリスタルの原石の採掘が
出来る鉱山の中へしばしば赴いては、時に一晩を越して御帰宅なされない事がある。

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