日常からの刺客【条野採菊】

第十八話「ロマンティックな落下劇」 ページ19

「安心して下さい。落ちているだけです。」
　「安心出来ないわよ落ちてるから！！」
　顔色変えずに私と落ちる条野さん。怖いもの無しなのだろうか。逆に私が可笑しいのでは？と考える。もしかしてこれはドッキリなのかもしれない。私と彼が地面に着いたら其処はトランポリンで、そしてテレビ局の誰かが巫山戯た看板を持って「ドッキリでーす！」と私達を驚かす。成程、そういう事だったのか。
　「まぁ、Aさんの身体なら地面に着いた瞬間肉片と化しますが。」
　「ドッキリじゃないのねぇ！！」
　私は再び死を覚悟する。嗚呼、長い様で短い人生だったわ…。今迄のキツい思い出も今思えば結局良かったのでは？と美化されていく。
　「貴女なら、肉片になるんです。」
　条野さんはそう言うと私の身体に両手を差し伸べ、まるでお姫様抱っこの様な体勢になる。生まれて初めてお父様以外の殿方にお姫様抱っこを死の間際にされた。
　「どうです？この体勢。ロマンスに溢れていません？」
　「いやこの状況でロマンスを感じる方が可笑しいのだけれど。」
　「おや？でももし貴女がこの様な状況を描かれた小説を読むとしましょう。当該者は怖いでしょうが、読者である貴女は『あら素敵』と言ってドキドキするでしょう。」
　「そもそも私恋愛小説なんて読まないわよ。」
　そんなしょうも無い話をしていたら、既に私達は地面まで10米位の高さまで降りてきていた。今迄の恐怖心が彼のお陰で無くなったようで、不思議と「死ぬ」とは思わなかった。
　「しっかり私にしがみついて下さい。」
　彼の首に両手を回し、胸の方に顔を埋める。彼の体温は高いのか、とても暖かく感じた。
　ドォオン！と、大きな音を立て私達は生還した。心拍が上がるのを感じる。本当に生きて帰ったんだ。と私の頭は安堵の気持ちに溢れる。条野さんの足元を見ると、靴は多少汚れたが、地面が抉れる以外異変はない。通常の人間であれば私達二人肉片と化していたが、彼の身体は不思議である。粒子になれるのは前に分かったが。
　私が首に回していた両腕を緩めると、直ぐに彼は私を勢い良く落とす。
　「いったぁ！！」
　「それでは、私はこれで。」
　「あっ！ちょっと！」
　スタスタと早く歩く彼の背中を私は追おうとしたが、軍警がすかさず私は身体を保護され、「もう大丈夫ですよ！」と声をかけられる。
　また、彼に命を救われたのである。
　いつ会えるか分からないのに、「ありがとう。」と言いそびれてしまった。

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