命にキスを 〜アウトローな未来のお話〜

三十七　ビアンカの論文について ページ37

煙草の煙を吐きバイクをとばした疲れをとるために少し一服する。

「話変わるけど、最新の論文、良かったよ。それにSとってた。おめでとう」
「お前はストーカーかよ」
「違うよ。ただ興味があるんだ。

　全人口二百億を超えるこの時代、

　収容所が溢れかえったり、

　テロが頻繁に起こってたり、

　救急車もまともに走れなくて、

　命なんか大切にされねーし、

　頭の良い奴等のせいで医療ばっか勝手に進歩していく一方だ。どうやって怪我人や病人を探し出せるのか、考えようともしねえ。おかしいよな」

　私はロバートの声のトーンが落ちて、真剣になったのを察した。黙って聞くことにした。

「人口が多くなっちまって国が国民を見渡せなくなって、手に負えなくなって安全を維持出来なくなってきて。国はそれでもなかなか動こうとしない。どうして良いか分からないからだ。

　論文で、収容所ではなくボランティア団体がどうとか、テロを未然に防ぐ工夫を挙げたりだとか、救急車がないんだったら病院の数を増やしたり、それ専用の道路を作るだとか、手間と時間と費用がかかる事を言ってる。

　けど、お前の論文さ、自分の命は自分で守るっつってんだよ。人間は自己中な生き物で、いざという時に他人は助けてくれない。だから自分の命は自分で守る。
　他の論文のは無駄だとも言ってたな。いつになるか分からないものを待つのではなく、自分から動き出すことが大事だって。


　自分のことは他人はしてくれない。


　ビアンカの実験してるスタンプ細胞。あれを子供でもお年寄りでも使えるようにして、将来は持ち歩けるようにしたいって。それと一年前の――」
「キラ溶液」
「そうそう、キラ溶液。ペットボトルサイズで持ち歩けて、麻酔だとか死ぬスピードを遅らせてくれる。銃で撃たれても一命はとりとめられて、テロなんかに役立つってやつ」

　ロバートの開いた口が塞がらず、後十分間は話していた。時計は既に三十分を指している。
　銀色の灰皿に煙草をねじくり、ソファから立ち上がる。テレビの横にある本棚からファイルを取り出して、適当に捲ってみる。

　ファイリングしてあるのは赤ん坊の画像だとか、開発された色々な細胞の画像と文面。私は大学にいて二十種類近くの細胞と溶液のことしかやってこなかったけれど、ここにはそれを上回る数があった。
　仕事っぽいなって思った。

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