糸し怪し【文スト】【太宰治】ー耽溺ー (ページ4)

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・　太宰side ページ4

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「呉や、漸く来たね」

与謝野女医が目敏く私に気付いて、

社内の注目を一斉に浴びた。

本来なら薄ら笑いを浮かべて入っていくけれど、

私は長椅子で談笑していたらしい彼女を

横目で捉えているのが精一杯で。

「ほら、夕方には戻るって書いたから

其れより前に来たでしょう？」

「僕にだって解ってたさ！」

「乱歩が相手じゃ敵わないよ」

頬を膨らます乱歩さんに棒付き飴を渡しながら

彼女は立ち上がり、近づいてくる。

乱歩さんよりも年上、同い年、

若しくはかなり親しい関係＿恋人のような？

「傷はもう平気なのかい、太宰」

「…嗚呼、お陰様で」

与謝野女医の言葉に意識を目の前へと向ける。

私よりも遥かに小さいあの女が

中途半端な距離をあけて立ち止まる。

「ぁ……ご飯、食べれた？」

言い淀んだ言葉が、

私の事覚えてる？と聞こえた気がして。

一瞬だけ、解答に詰まる。

「客か？…太宰か。漸く起きたんだなこの唐変木」

「国木田くん、書類できてるよ」

「有難い。助かります」

答えられないのを無視したと受け取ったのか、

気にしないでと微笑んで話題を変えられる。

再び私を見てきた彼女を拒むように

視線を外した先で、乱歩さんと目があった。

「何してるんだ太宰。

いつまでも突っ立ってないで座れ」

「………乱歩さん」

「彼女の事を覚えていない、だろ」

社内の沈黙と、

何事かを訴えるような視線が私に突き刺さる。

唯一、彼女だけは目を伏せている。

「じゃあ帰ろうかな」

場違いな明るい声を出したのは他ならぬ彼女。

私からさらに距離を取るように、離れていく。

「私、今日で探偵社辞めるの」

「…ふーん？」

何か思ったのかもしれない。

けれどその正体に気付かぬまま、

私は口角をあげる。

笑う？どうして？

「其れが私に関係有るのかい？」

知らない人が、知らないまま居なくなるだけ。

胸に引っ掛かっていたはずの違和感は

意識の外へ追いやられていく。

何故、私は笑っている？

彼女が出ていく事を望んでいたから？

「ないね。何も、無い。

私は貴方と、何の関係もない」

当然のことを決めつけるかのように言い切る。

ふと、口からは心と相反する言葉が溢れた。

「…心中して呉れないのかい」

「あは、本気で言ってるの？」

幼い子が駄々をこねた様な私(・)の呟きを、

彼女は微笑んで軽く一蹴した。

「誰にでも言って口説く癖に」