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・ 国木田side ページ28






『独歩吟客』




「くぅにきぃだくぅーん」


間延びした緊張感のない声に慌てて顔をあげる。


「Aさん、今日は有給を取られていた筈では」


「あは。もうとっくに終わってる時間だよ?


灯りが付いてたから何かなと思ってね」


「は、此れが後少しで片付きますので。


戸締まりはしておきますから御心配なく」


「いつも何がなんでも定時にあがるじゃない。


今日は残業が理想?」


何故か椅子を引っ張って来て

Aさんは隣に腰を下ろす。


残業が理想、そんな訳はない。


只、此れは今日中に終わらせておかないと

明日からの業務に差し支える。


「其処の数字違ってるよ」


「…えぇ、分かってます」


「其処は名前じゃなくて日付の欄」


「…はい」


終わらない。


残業一時間はとっくに過ぎている。


「はぁ…全く。一度顔を洗ってきな」


「いえ。眠い訳では」


「其の酷い顔を鏡で見ておいでって言ってんのよ」


強制的に中断させられて、席を立つ。


嗚呼、確かに酷い顔だ。


はっきりした隈に鋭い目付き、疲れの滲む表情。


眠くはない、其れ処か頭は冴えている。


気合いを入れ直して戻ると

Aさんはお茶を淹れていた。


「長椅子に座って。差し入れがあるから」


「然し_」


「座れっつってんの。無理矢理口に捩じ込む?」


此の目は本気だ、黙って従うしかない。


座っても書類を気にしてしまう俺に

正面のAさんは溜め息を吐く。


「大方、気合いを入れ直しちゃったんだろうけど。


分かってんでしょ?


あれはやらなくても善い仕事だって」


幼子を諭すような口調で真顔で言われる。


「谷崎くんや敦くん、鏡花に割り振ったって善い。


貴方は出来る人なんだから、

人を使う事にも慣れないといけないのよ」


「…はい」


「国木田くんが倒れたら

探偵社も機能しなくなるんだから」


Aさんが居るから其れは無さそうだが、

此の人なら学校が台風で休校になった気分で

率先して休みを満喫しそうな気もする。


「分かったなら帰りな。私ももう帰る。


書類は明日、手伝うから」


背中をどんどんと押され

あっという間に帰路につかされる。


翌日の朝に早めに出社したときには

既に完成した書類が積まれていて、

Aさんは悪戯を成功させた子供のように

片目を瞑って笑うのだった。

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ラッキーアイテム

名も知らぬ人からの微笑み


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6月の飴玉 - 様々な視点で描かれているので、とても新鮮でおもしろいです!! (2020年5月18日 12時) (レス) id: 913e8668f8 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:梦夜深伽 | 作成日時:2019年7月9日 16時

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