″もしも″の十五 ページ15
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荷物をまとめて蔵を出た。
荷物と言っても最低限の物だけ。
だからそんなに重くない。
傘と提灯を持って、かさりと森に入ってゆく。
一度だけ家を振り返った。
今まであそこから出ることなく過ごしてきたのに、少しも悲しくならない。
もう二度とこの家には戻らないだろう。
それがわかっていても尚悲しくは無かった。
それは、多分あそこが私の居場所では無かったからだ。
私の居場所はきっと、彼の隣。
これからはずっと虚様について行こう。
自惚れていいとあの人は言った。
だから思う。私は彼に愛されてると。
思わず頬が緩む。
私はなんて自意識過剰な女なんでしょう。
虚様が見えた辺りでそっと荷物を置いた。
少し、隠すように。
当の虚様は狐と喋っていて気づかない。
微笑んだ。
「虚様」
「ああ、Aさん」
手招きする彼に近づき、隣に座る。
「今、初めて狐と喋る事が出来たんですよ」
「それは良かったです」
心底嬉しそうに話す虚様。
そのキラキラしている顔を見ると不安になる。
私なんてこの人の邪魔になるんじゃないのかって。
「虚様」
「なんです?」
「…もし私を連れて行ってくださいと言ったら困りますか?」
「……困ります」
「そう、ですよね」
笑った。
「冗談です。本気にしないでください」
いつものように笑った。
なるべく変な気遣いをさせないように。
……やっぱり、一人で旅に出よう。
確認して正解だった。
「でも」
ふと目が合った。
灰色の綺麗な瞳。
初めてあった時はあんなに虚ろな目をしていたのに。
「私はあなたを選びますよ。Aさん」
差し出された手を、反射的に取った。
そのまま微笑んで抱きしめられる。
暖かい。
虚ろなんて、そんな冷たいものじゃない。
この人はもっと暖かくて優しい化け物だ。
「あなたに、虚ろなんて名前は似合わない…」
「なら、つけてください。あなたが私に名前を」
体温を感じながら目を閉じた。
この人はそう、たった一度だけ昔見た太陽の光のような人で。
その時、私は何を見たのだっけ?
そうだ、庭の松の木だ。
冬、葉の落ちた木々の中青々と茂っていた松の木。
そしてそれを照らす太陽。
「……松陽……貴方の名前は松陽!」
「………松陽………私は松陽」
ぎゅっと手に力が入り、さっきよりも強く抱きしめられる。
「私は松陽です。A、私と一緒に来てくれますか?」
耳元で髪を揺らす甘い吐息を聴きながら、笑った。
「もちろんです」
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レイレイン - 素敵な話ですね。とても感動しました。ありがとうございます。 (2021年4月19日 20時) (レス) id: 5a04a92c31 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:沖田レイア | 作成日時:2019年4月1日 16時