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二十年前、円は子どもを育てていた。
自分の子ではない。当時の働いていた場所で偶然出会って、偶然押し付けられた子ども。
しかし円は我が子のように可愛がっていた。
「マドカ!おうたうたって!」
そうせがまれて、よく生まれ故郷の童謡を歌った。
それを聞くとあの子は花が咲いたみたいに笑う。それを眺めるのが、好きだった。
ガーデニングも、お菓子作りも、あの子にせがまれて身につけた特技だった。甘いものは苦手だったはずなのに、気づけばスイーツ巡りも趣味になっていた。
あの子を育てる過程で、円は成人前から吸っていた煙草をやめた。
知人には何度も「なんかの冗談だろ」と言われたが、円はあの子を成人まで育てあげた。
そして、年の離れた従兄弟が企業したと聞いて……「“星見”に就職するのはどうか」と勧めた。勧めてしまった。
円はその事をずっと後悔している。
あの子は“星見”のやり方について行けず、一年目で精神を壊して、二年目で限界を迎えて自ら命を絶った。
「助けられなかった」という言葉だけを遺して。
最愛の我が子の無念を晴らすため円は行動した。しかしそれは果たされることはなく……誰にも咎められぬまま元凶の男は死んだ。
目の前にいるのはその男の養女だった。
少女の首は白くて、細い。
自分なら簡単に折れる。そんな確証があった。
俯き黙ったままの彼女の視線に合わせるように、身をかがめる。彼女の首へ手を伸ばす。
*
結論から言うと、円は少女を殺さなかった。
それどころか成人するまで家を貸す、と約束までしてしまった。
それは今でも何故かわからない。強いて言うなら気分。それに違いなかった。
「……」
無口な少女を助手席に乗せて、夜の高速を走る。二人の間に流れる静寂を誤魔化すみたいに、カーナビからはラジオの音声が流れていた。
『!』
突然少女が突き飛ばされたみたいに顔を上げた。それから食い入るようにカーナビの画面を見つめる。
「?……この曲、好きなんですか」
それはどこかのアイドル養成学校が出しているらしい曲だった。
華やかでありながら優しく繊細な歌声が印象的である。途端に目を輝かせた彼女を見て、円はあの子を思い出した。
あの子もまた、日本のアイドルが好きだった。
「うちに確か、アレありますよ。何て言うんだったかな……缶バッジ付ける鞄と、光る棒」
『……痛バとペンライト?』
「多分それです。あげましょうか?」

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紅鮭(プロフ) - 大紫さん» 書きたかったこと全部読み取っていただきありがとうございます😭😭普段玉座で笑ってる男がポンコツになる瞬間、良いですよね……本当に嬉しいコメントありがとうございます!大紫さんも寒暖差のお疲れが出ませんよう。 (11月18日 18時) (レス) id: cc18d6b067 (このIDを非表示/違反報告)
大紫 - 皇帝陛下の恋バナ回をずっと待ち望んでおりました!星見ちゃんの話になると急にバカみたいな青年になる彼と、そんな英智を困りながら面白がっている渉の絡みがすごく好きです。ぐんと寒くなってきましたから、体調にお気をつけてくださいね。 (11月18日 8時) (レス) @page44 id: 8648ae455f (このIDを非表示/違反報告)
紅鮭(プロフ) - こふきいもさん» こふきいもさんのコメントが嬉しすぎて思いついたネタなので気づいていただけて嬉しいです〜!暖かいお言葉本当にありがとうございます!こふきいもさんも体調にはくれぐれもお気をつけくださいね☺️ (11月5日 20時) (レス) id: cc18d6b067 (このIDを非表示/違反報告)
こふきいも(プロフ) - コメント失礼します🙇今回のあんずちゃんの話シュシュの話と繋がっていて、以前シュシュの話が好きだったと言ったため私得では!?と思いながらとても楽しく読ませていただきました✨️近頃急に寒くなっておりますのでお体にお気おつけ下さい (11月5日 7時) (レス) id: 446ca06cca (このIDを非表示/違反報告)
紅鮭(プロフ) - ばばばっべさん» この長い話を一気読みするのは大変だったでしょうに、本当にありがとうございます!そしてお疲れ様でした!笑 サトゥルヌスの下りは私も気に入っているので嬉しいです!ばばばっべさんの言葉を糧に更新頑張ります!! (9月25日 18時) (レス) id: cc18d6b067 (このIDを非表示/違反報告)
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