満月の夜ならしょうがねぇ ページ35
「すいません、おまたせしました...」
そう言ってドアから出てきたのは午前中より十歳くらい老けた様子の鬼嶋だった。
「今日は
小児科の高橋先生が調子よくそういうと、鬼嶋はギロッとこちらを見上げて“今日満月じゃねぇかこのやろう”と呟く。
俺は先日の鬼嶋の話を思い出して、空を見上げてみた。
__稀に見るほど綺麗な満月だった。
病院の前には、小児科の先生と一人の小児科希望の前期研修医、俺と鬼嶋が立っていて、夏虫の鳴く声だけが響く。
「DD双胎に、七人目の出産のベテラン妊婦...それぞれ待合室と診察室で破水しましてね...
ついさっき三人とも元気に産まれたってわけですよ、」
「「「お疲れ様です」」」
そう言っても、まぁまぁ嬉しそうに足取り軽く駐車場に歩き出した鬼嶋は、黒いセダンの鍵を遠隔で開けて俺らに乗るように促した。
「車変えたのか?」
「買っちゃいました。
車があまりにボロ過ぎてエンストが酷かったので。
さぁさぁ乗ってください。」
そう言って運転席に乗り込むと、天井のサンバイザー裏のポケットから数枚の写真を取り出した鬼嶋。
「これ、持っててください。」
それらは全て赤ん坊のエコー写真だった。
白枠にはマジックペンで“ココミちゃん、タイセイくん”などと人の名前が書いてあり、俺らは頭にハテナを浮かべる。
「じゃ、しゅっぱーつ。」
________________
十分ほどでついたのは聖ミハイル乳児院。
病院と提携をとっている乳児院であった。
八時過ぎ、車を降りた俺らは鬼嶋が案内するままに付いていく。
なんだかんだ言って孤児院は行ったことがあったが乳児院はなかった。
先日言っていた鬼嶋の
“この島のあの病院がどれだけたくさんの人を治してきたか、反対にどれだけ寂しい子供達を生んできたか、よくわかる場所”
という言葉の意味が分かった気がした。
中に入れば、八時過ぎだというのに元気な子供の声。
鬼嶋は慣れたように中に入っていくと、手を洗うよう指示をして自身も丁寧に手を洗っていた。
__小さい子が好きなのだろうか。
とも思ったが、そんな理由で俺らをわざわざここまで連れてくるようなことはしないはず。
同じように手を洗って、園児がいるという部屋に入ると、そこには布団を敷いた上で子守をしている施設の女性や、夜泣きをする赤ん坊、
ママ、と泣いて寝つかない子供たちの姿があった。
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作者名:長官 | 作成日時:2020年5月3日 17時