episode342 ページ2
どちらにせよ、しばらく待つことになりそう。
ガムを噛む時間はあると見て、ひとつ口に放った。
確かにガムを噛むことは、乗り物酔いにも効果的とされている。
そしてそれ以外にも、脳の血流が増えることから、私が武器としている感覚野や前頭前野の活性化にも繋がる。
交渉前に必要な部分を働かせるには、まさにうってつけって訳だ。
少し休憩を、と。そう思い、全体を見渡せる位置にあるベンチに腰を下ろして、それはすぐのことだった。
(……休憩、と思ったばかりなのに。)
会話の隙、視界の隙を縫うように、悠馬が此方へ歩いてくるのが見えたから。
「君は人知れず、影のように暗躍するのが好きだものね。それなら僕はその逆、堂々と人前に立とう。互いを補い合って、2人で盤上を制する。相棒って素敵だね、A」
「……今、ガム噛んでるところだから。話は後にしてくれないかな」
「そう言って、機内でも僕をあしらったじゃない。そろそろ、僕にも構ってもらうよ」
口元を手でそっと隠しながら、それらしい理由で追い返そうとしたけれど、どうにもこいつを焦らし過ぎたらしい。
こうなったら野坂悠馬という人間は、年齢や佇まいと反して、かなりわがままだ。
「ねぇ。それ、僕にもちょうだい。たくさん喋った後だから、疲れちゃった。甘いものが欲しいな」
はいはい＿＿ガムくらいあげるから、そんな見え見えの嘘はやめて。
口に出せない分を、表情で補うつもりで、いつも以上に強く顔を歪める。
「ロシア代表は、全員がオリオンの使徒という噂があると、両方のチームから聞いたよ。少なくとも、両チームから見てロシア代表は敵対関係ということかな」
ガムを1枚、2枚、と。
私の手から摘まみ取って、まるでババ抜きでもするみたいに、私の目の前に翳しながら、人差し指でそれらをとんとん、と往復させる。
確証が得られない場合。
まだカードを取らず、確証を静かに待つのが、悠馬なら。
「まだ、どちらを信じるかは、僕には決められない。でも君は、迷わず飛び込んでしまうんだろうね。A、一星君の友人だと言っても、情に惑わされちゃ駄目だよ」
＿＿迷わずカードを手に取って、自ら確証を得に行くのが、私だ。
「Aのこと、これ以上ないってくらい信頼してる。でも、一星君のことといい＿＿君の優しすぎるところは、ちょっと心配になる」
そう言ったのを最後に、長々としたおしゃべりをようやくやめて、ガムを口にしていた。
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2022年3月31日 19時
