薔薇園の魔女【CSS配布】 (ページ7)

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　先生、わたし今日はすつかり聞いてもらふつもりで伺ひましたのんですけど、折角お仕事中のとこかまひませんですやろか？それは〳〵詳しいに申し上げますと實に長いのんで、ほんまにわたし、せめてもう少し自由に筆動きましたら、自分でこの事何から何まで書き留めて、小説のやうな風にまとめて、先生に見てもらはう思たりしましたのんですが、……實はこなひだ中ひよつと書き出して見ましたのんですが、何しろ事件があんまりこんがらがつて(、、、、、、、)て、どう云ふ風に何處から筆着けてええやらとてもわたしなんぞには見富つけしません。そんでやつぱり先生にでも聞いてもらふより仕樣ない思ひましてお邪魔に出ましたのんですけど、でも先生わたしのために大事な時間滅茶々々にしられておしまひになつて、えらい御迷惑でございますやろなあ。ほんまに宜しございますか？わたし先生にはもう毎度々々おやさしいにしていただきますもんですから、つい御親切に甘える氣イになって、御厄介にばつかりなりまして、どないに感謝してもしきれへんくらゐや思てます。そいであのう、いつかも大へん御心配かけましたあの人のこと、あれからお話せんならんのんですが、あれはあの後に申し上げました通り、あないに云うて下さいましたのんで、自分でもしみ〴〵考へまして、あんなりぷつつり(、、、、)絶交してしまいました。その富座は未練とでも云ひますのんか、何かにつけて思い出されますもんですから、家にいてましてもまるでヒステリーのやうになつてましたけど、そのうちにだん〴〵あの人がええことない男やった云うことはつきり(、、、、)分つて來まして、……主人も私が前は始終そはそはして音樂會や何か云うては出歩いてばつかりゐましたのんに、先生の御宅い寄せてもらうやうになりましてから、すつかり樣子變りまして、繪エ書いたり、ピアノの稽古したりして、一日家に落ち着いてますもんですから、「この頃はお前も女らしなつたなあ」なんぞ云いまして、蔭ながら先生の御好意よろこんでました。

(谷崎潤一郎『卍』新生社昭和二十二年三月十日印刷昭和二十二年三月二十日第三版發行)