【ωrωrd!】踏切の向こう側【短編集】

栞の恋/os ページ21

・


一目惚れだった。バイト先の古本屋で立ち読みをしていた青年が輝いて見えた。
彼はどんな本を読んでいたのだろう。そんな邪な理由で彼の読んでいた本を捲ってみれば、栞が挟まっていた。
ポケットに入れていたメモ帳に一言、この本の感想を軽く書いて栞が挟まっていたページに挟む。

翌日、品出しをしながら昨日の本を開けば、幸いにも返事が来ていた。

『それは良かったです。貴女のお名前はなんというんですか。』

達筆な字でそう書かれており、ほくほく顔で返事を書く。いきなりフルネームを名乗って他のお客さんに見られてしまってはたまらない。そう思ってイニシャルを書いた。追記として、彼の名前も訊ねておいた。
日は変わり、本を開けばまた返事が返ってきている。

『英国の方でしょうか。随分と日本語がお上手ですね。』

イニシャルを使うくらいでイギリス人だと思われるなんてめったにない。少しずれているのだろうか。それに名前は教えてもらえなかった。お互い様だし、特に気にしていないけど。
日本人であることを書いて、本を閉じる。
そんなやり取りをして一ヵ月、ついにいてもたってもいられなくなってメモに一言、会いたいと書いて本に挟む。今日は名前を書いて。
次の日、本を開くと珍しく便箋が折り畳まれていて挟まっていた。開いて読んでみると、いつも通りの整った文字が並んでいる。

『漸く名前を教えてくれましたね。Aさん。僕も會ひたい。しかし、いましばらくの間それは叶わぬこととなりました。空襲は日々激しさを増しておりますが、貴女の家はご無事ですか。
貴女との短くも心躍るやり取り、とても楽しかった。とうとう貴女がどこの誰なのか、どうしてこの本に手紙を残せたのか、知ることはできませんでしたが、僕は必ずや無事にこの地に帰ってきます。その時こそ手紙を通してではなく、貴女と真にお會ひしたい。
僕にとってこの戦争は國を守る為のものでした。しかし今は、貴女を守るという目的が増えた。母なる海に祈りどうか僕の帰りを待っていてください。
心麗しき貴女にいつか出会えることを、貴女に幸多からん事を、心より願う。

オス田繁太郎

追伸。庭に金木犀の花が咲きました。この香りが貴女に届きますよう、共に送ります。』

＊→←運命共同体/sha

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す