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かたん、とエンターキーを沈める。モニターの端、デジタル時計は、定時を過ぎた時間を示していた。
デスク周りを軽く片付け、「お先に失礼します」と声をかけながら会社を出る。会社員と学生で混み合う電車に数分揺られていれば、最寄り駅にたどり着く。湿った風が上着の裾をはためかせた。
「ただいま」
一人暮らしにもかかわらず、私は「ただいま」を言うのが癖になっていた。言わなくてもいいとわかってはいるが、「ただいま」を言ったほうが、なんとなく家に帰ってきたという安心感がある。たとえ、返事がなくても。
廊下を進み、リビングの照明をつける。
「おかえり……」
天使と悪魔が、家のソファに座っていた。
「おかしいと思ったんだよ……!」
ソファの前に仁王立ちする私の前で、申し訳なさそうにしている天馬と、もっと申し訳なさそうにしている剣城は、記憶の中の二人より小さく見えた。
「全然二人のこと忘れないんだもん。むしろいつ忘れちゃうのかと思って、ずっと生殺し状態だったんだよ……!?」
「ご、ごめん、A。もっと早くに来れたらよかったんだけど、報告書がたくさんあって……」
天馬は「ごめんね」と子犬のような目で私を見上げた。う、と一瞬言葉に詰まる。
「……怒ってるわけじゃないよ。でも、ちゃんと説明して」
――どうして、私が天国の決まりから外れ、二人の記憶を失わなかったのか。
「Aのバースデーパーティーをしたでしょ?」
「うん」
「俺、Aに『おめでとう』って言ったとき、祝福の力を使っちゃったみたいで……。無意識だったんだけど、それが防御壁になってて、記憶を操作できないんだって」
何だか拍子抜けしてしまい、その場に座りこんだ。涙ながらにお別れしたことを思い出すと恥ずかしさがあるが、記憶が残ったのは嬉しかった。
安堵のため息をついた私の前に、天馬がソファから降りて正座をした。
「……でね、A、お願いがあるんだけど」
「ん?」
「しばらく、俺たちをここに置いてくれない?」
「……え!?」
驚いて聞き返すと、剣城がソファから立ち上がり、気まずそうに天馬の隣に腰を下ろした。
「……天国と地獄の情報漏洩による罰が課せられた」
「俺たち、ノルマを達成するまで帰れないってこと。だから、お願い!」
そのとき、窓をぱたぱたと叩くものがあった。
ちらりと視線を向けてみれば、夜に浮かぶ街に、雨粒が光っていた。
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end.
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作者名:はるま | 作者ホームページ:https://twitter.com/April_hrm
作成日時:2022年10月13日 0時