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「悪魔の匂いがする」
天馬は家に来るなり、顔をしかめて言った。
天馬も剣城も、以前のように私の家に住むことはなくなったが、天馬は毎日のように家にやってきていた。
いつもなら、短い会話を交わして去っていくのだが、その日は違った。
「剣城の匂いじゃない。……他の悪魔と会ったの?」
すぐに磯崎のことだと気づいた。だが、何か後ろめたいものを感じ、咄嗟に返事が浮かばなかった。そんな私を不審に感じたのか、天馬が詰め寄ってくる。
「契約しようとしてないよね?」
「してないよ」
「天使に嘘はつけないよ」
「してないってば」
思わず語気が強くなる。天馬はそれに怯んだ様子だった。
「A、それだけは絶対に駄目だよ。お願いだから……」
最後のほうは、消え入るような声だった。彼は眉を下げ、捨てられた犬のような表情で私を見つめていた。
それなのに、私は彼を慰めようとは思わなかった。ただ、背中が痛いくらいに心臓が大きく脈打っていた。
「その――」
声を荒げないように必死だった。天馬に怒鳴りたいわけではない――相手が天馬でなくても、誰にもそんなことはしたくない。それなのに、腹の中にはふつふつと熱が込み上げ、自分が怒りに支配されそうになっていることを、嫌でも自覚させられた。
「その、“絶対に駄目”なことを、私のお母さんはやったんだよ」
天馬の目が大きく見開かれる。
磯崎と会ったことを、天馬に話すべきだ。そして、契約なんてしないよ、天馬の言う通りにするよ、と言うべきだ。そうして、彼を安心させられたら、どんなにいいだろう。
「A、ごめん、俺……」
「いいの。悪魔と契約したお母さんが悪いから」
「でも、Aのお母さんは、Aを助けたくて――」
「だったら私だってお母さんを助けたい」
これ以上の会話が無駄だと言うことを、私も天馬も悟っていた。少なくとも、今日はもう、お互い冷静に話ができる状態ではない。
「……また来るね」
次の瞬間にはもう、天馬は消えていた。
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作者名:はるま | 作者ホームページ:https://twitter.com/April_hrm
作成日時:2022年10月13日 0時