episode5 Life goes on ページ17
「Aのお母さんは、地獄にいるよ」
心臓が、破裂しそうなほど大きく脈打った。
頭の中では数多の疑問が消えては浮かび、何を聞けばいいのか、何を聞きたいのかわからなくなっていく。
かろうじて絞り出した「どうして？」という声は、消え入りそうなほどか細かった。
「ごめん、A。俺はてっきり、もう剣城から聞いてると――」
「剣城？ 剣城は知ってたの？」
天馬は私を宥めるように、慌てて私の肩に手を置いた。
しかし、いくら彼に「落ち着いて」と声をかけられても、呼吸も思考もぐちゃぐちゃになっていく一方だ。
私はいてもたってもいられず、彼の手を振り払い立ち上がった。天馬は完全に怯えきった様子だったが、それを気の毒に思うだけの余裕は無かった。
「天馬、教えて。お母さんはどうして地獄にいるの？ 剣城はそのことを知ってるの？」
「俺が説明する」
振り返った先には、剣城が立っていた。いつも通りの表情なのに、いつも通りの格好なのに、私は彼が全く知らない人のように見えた。それがただ恐ろしかった。
私はソファに座り直したが、剣城は座らなかった。天馬はソファから降り、床に座って気まずそうに俯いている。
「お前は一度死んでいる」
淡々と、剣城は告げた。
彼らと出会う前の私なら、ありえないと一蹴していたが、今の私にはもうできなかった。
「それって、人違いだったときのことじゃなくて？」
「いいや、もっと前――お前が二歳の頃だ。母親と二人で歩いているときに、居眠り運転のトラックが歩道に乗り上げた。母親は助かったが、お前は即死だった」
自分が死んだときの状況を嫌でも想像してしまい、内臓が掻き回されるような心地だった。ぐらぐらと視界が揺れる。
「じゃあ、どうして私は――」
生きてるの、という言葉が声になる前に、思い当たることがあった。
かち、と奥歯が震える。
「――悪魔と契約したのね？」
否定してほしかった。
けれど、二人とも何も言わなかった。
「剣城と契約したんでしょ。私を生き返らせるって」
それなら、母は今。
――その人の魂は地獄の最下層に連れて行かれる。地獄の中で一番つらく、苦しい場所に。
食べたものがせり上がってくる感覚に、上体を丸めた。
天馬が心配そうな声を挙げ、駆け寄ってくる気配がする。私は咄嗟に「来ないで」と返した。
「一人になりたい」
壊れてしまった声が、喉からぼろぼろとこぼれていった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 17人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：はるま | 作者ホームページ：https://twitter.com/April_hrm
作成日時：2022年10月13日 0時
