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少しして、槙田さんの旦那さんが戻ってきた。軽く挨拶を交わしていると、近くの扉から看護師が飛び出してきた。
「槙田さん！」
その切羽詰まった声を聞いた瞬間、槙田さんと旦那さんは部屋の中へ駆け込んだ。その拍子に、旦那さんが持っていた未開封の缶コーヒーを落とす。
部屋の中から、二人が必死に心美ちゃんに呼びかけている声が聞こえる。私はそれを、転がる缶コーヒーを拾いながら聞いていた。
「時間だよ」
顔を上げると、天馬が立っていた。その顔が、わずかに引きつっているように見える。
「天馬、待って」
「時間厳守なんだ。これ以上失敗を重ねるわけにはいかない」
「どうにもならないの？」
無駄なあがきと知りながら、私は心美ちゃんのもとへ向かう天馬の腕を掴んだ。それなりに強い力で掴んだつもりだったが、彼はそれを簡単に振りほどいた。
「ならない。A、ならないんだよ……」
今度は先回りし、その身体を押し返そうとしたがびくともしない。天馬はそんな私に怒ることもせず、ただやんわりと私を押し退ける。
「やめて――お願い、やめて！」
「大丈夫、天国は良いところだよ」
「そうじゃなくて……天馬には残される人の気持ちがわからないの！？」
天国がどんなに安らかで、良いところでも。
人間界がどんなにつらく、苦しい世界でも。
それでも生きてほしいと思うのはわがままなのだろうか。
「A、これ以上は危険だ。神様の怒りに触れちゃう」
「神様なんてッ――」
しい、と天馬は人差し指を私の口に当てた。空いているほうの腕で肩を掴まれ、そっと壁に押し付けられる。
天馬にそんな筋肉が付いているようにも見えないのに、身動きを取ることができない。天馬の底なしの瞳に、私の顔が映っている。本能的な恐怖を感じ、背筋を嫌な汗が流れていった。
「ダメだよ」
そう囁いて、天馬は部屋に入っていく。
私はその後ろ姿を黙って見ていることしかできなかった。
部屋の中から、いっそう悲痛な泣き声が聞こえてきた。
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作者名：春間 | 作者ホームページ：https://twitter.com/April_hrm
作成日時：2022年9月11日 15時
