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「うぅ……」
「A? 大丈夫?」
「全然平気……」
個室の扉越しに、天馬の心配そうな声が聞こえる。
やはり移動の衝撃に耐えられず、私は病院に着いてすぐにトイレに駆け込んだ。もちろん女子トイレなので、天馬には手間をかけさせて申し訳ないが、一時的に女性の姿になってもらっている。
私はげっそりしながら個室を出た。男子の姿に戻った天馬が、腕を持って支えてくれている。
面会時間を過ぎた病院は妙な静けさがあった。私のやや乱れた呼吸音を周りの看護師に気付かれないよう、急ぎ足で目的の部屋へ向かった。
「天馬の担当に、小学生の女の子がいたでしょ? あの子ってどこの病室だっけ」
「こっちだよ」
部屋の扉は閉まっていた。ドアの小窓から、室内の光がもれている。
中に入る前に、私はドアの近くに付いているネームプレートを確認した。
四人部屋だが、入院しているのは三人。その中に『槙田心美』という名前を見付け、「私の勘違いでは」というわずかな希望は打ち砕かれてしまった。
固まった私を不思議に思ったのか、天馬が私の顔を覗き込んだ。
「A? どうしたの?」
「……ううん、ちょっとね」
天馬の目を見ることができない。今は、動揺を悟られたくない。
部屋の中を確かめたいが、何と言って部屋に入ろうか。消灯前の見回り? いいや、ダメだ。消灯前に看護師がどんな仕事をしているのかわからない。
悩んでいると、この部屋に近付いてくる足音に気付いた。私は天馬の手を引き、影に隠れた。
「そろそろ消灯ですよ――」
足音の主は、消灯時間の見回りにきた看護師だった。
私は開いた扉の隙間から、窓際のベッドを確認する。
――間違いない。写真で見た子と同じ。槙田さんの娘さんの、心美ちゃんだ。
「……天馬、帰ろう」
「もういいの?」
「うん」
震える手を掴まれる。
襲ってくる浮遊感に、私は今にも底の見えない穴の中へ落ちてしまいそうな心地だった。
彼女は――心美ちゃんは、もうすぐ、死んでしまう。
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作者名:春間 | 作者ホームページ:https://twitter.com/April_hrm
作成日時:2022年9月11日 15時