「コーヒー。あとそれから手前。」【中原中也】

１．言い間違えだったようです。 ページ3

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何秒だったか。私と中原さんはただじっと見つめ合っていた。


正直に言おう。めちゃめちゃ気まずい。


この人なんて言った？注文聞いたら「コーヒー。あとそれから手前。」って言った？

手前？え？私？いやいやいや意味不明。
待って待って注文聞き直す？それか「コーヒーですね！」とでも言って無かったことに……いや、なんだかダメな気がする。


私がこんなことを考えている間にも時間は過ぎているわけで。



「……コーヒーとなんかでいい。悪ィな、さっきのは言い間違えたとでも思っといてくれ。」



中原さんは困ったようにはにかんでそれだけ言うと目深に帽子を被って黙り込んでしまった。いつもの彼なら仕事の愚痴やらなんやらを必ず吐き出すというのに。


ただまぁそうかそうか。言い間違えかー……彼も人間だ。言い間違えの一つや二つあるよね。


私は違和感しかない彼の言い分に無理矢理自分を納得させた。

その違和感はつついたらいけない気がする。というか中原さんの目がそう物語っていた。


とりあえず仕事はしなければならないので、コーヒーと店長手作りのサンドウィッチを銀のトレーに乗せて中原さんの元へ運ぶ。

……途中躓きそうになったのは秘密だ。



「お待たせ致しました。コーヒーと私一押しのサンドウィッチです。」



ゆっくりと丁寧に。そして優雅にコーヒーとサンドウィッチをカウンターに並べていく。これらは生きていて、今からお客様に召し上がっていただくのだ。

ご注文は以上でよろしいでしょうか、ごゆっくりどうぞ、と微笑んでから一礼。


少し出鼻を挫かれたような気がするけれど、概ねいつも通りだ。良い感じ。


……うん、多分、良い感じ。





＊





「ごちそーさん。今日も美味かった。」



ぽんぽんと私の頭を撫でて去っていった中原さんに、美形って得してるなぁと考えつつ。

ほんのり熱を持った頰に気が付かないフリをした。





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