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言えない。とても口に出来たものでは無い、と言う事は誰よりも知っていた。痛い程、痛烈に。誰かが勘違いだと、履き違えだと言おうと私はあの方を愛していた。けれど御館様には当然あまね様がいて、御子息だっている。私なぞは蚊帳の外、ついてはその蚊帳を遠くから眺めているだけだ。御館様と結ばれたい訳では無い。その言葉を口の中で反芻しつつ、突っ伏した机の木目を指でなぞった。決して結ばれたくなど、ない。
私はちっぽけで、なにも出来ない。他の隊士達の様に刀を握って戦える訳でも無い、私の両腕で掬える物なんてたかが知れている。あぁ、でも私、貴男の花車な躰なら、抱き締めるくらい。御館様、耀哉さま。嗚呼、なんて邪!
(私、わたし、お慕いしておりますよ、ほんに、心から!)
二度目は案外早かった。隠としての仕事で御要人を御屋敷にお連れしてから、一目御館様を見られるだろうかと厠に行くと嘘をついて御屋敷をふらついた。御館様は初めて顏をお伺いした時は私の名前を呼んでくださったけれど、もう忘れてしまっているだろうし。鬼なんかよりも、あの方が、ふしであれば、いいのに、
「A」
「......ぉ、御館様、御無礼を」
「はは、気にする事は無いよ。ゆっくりと羽を休めて行くといい」
「...有難き御詞、」
お、御館様。御館様は私の様な者は覚えていらっしゃらないかと思いました。声にならない空気が唇から漏れてどれ程自分の意気地を呪ったか!私、貴男の為ならなんだってします、お慕いしております、愛しています。ああ、でも少しさみしいです、耀哉さま。私の事を見て下さらない、私を傍に置いて下さらない、私を、私だけを、
(愛してなんて、穢らわしい?)
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「御館様が、無惨を引き止める為にあまね様とひなき様、にちか様と御一緒に自刃為されたらしい」
そんなの私だって。私は貴男の、わたし、
「............私だって、一緒に死ねましたのに、」
届かない、届き得ないこの気持ち。喩い私を母の死から救って下さらなくてもきっと、私貴男と言葉を交わしたら駄目になっていたでしょうね。やさしいあの声で名前を呼ばれ、端正な微笑を私だけに向ける貴男を想像してなにが悪いのでしょうか。だって、もうどうしたって届きやしないんです。貴男は私から遠い儘、また遠くに行ってしまったから。この儘後を追って死んだって、敵わない絶望を見るだけの様な気がした。
愛しておりました、耀哉さま。
(愛だったのよね、貴方なりの精一杯だったのよね)
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作者名:con x他1人 | 作成日時:2020年1月30日 17時