【実況者】本当の君。 (ページ9)

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「A君、次はこれを頼むよ。それと、午後は私についてきてくれ。まだあちらの社長に君を紹介していなかっただろう？」
「…はい、ありがとうございます。」

受け取った書類を持って、充てがわれている席に戻る。
あっちこっちからジリジリと感じるマイナスな感情を含んだ視線に、口から零れそうになった息を飲み込んだ。
やることは支店でも変わらないが、部長にいちいち絡まれるのが辛い。

【でた、地方支店の部長お気に入り！】
【あからさまな贔屓やめて欲しいよねー。】
【本店に来てまで枕営業オツですー。】
【部長に本店移動誘われてるのに断ってるらしいよ？】
【何それーお高く止まってんじゃないの？】

上記は、実際にトイレで交わされていた会話だ。
私が入っているのに気付かず、飛び交う愚痴に胃がジクジクと痛む。

枕営業だなんてのはとんでもない誤解だが、媚は売っている。
そうしろと支店の部長からお願いされているからだ。
部長同士での交流があるらしく、その繋がりで私をいつも本店出張に駆り出すように調整しているらしかった。

「A君、今日は君の歓迎会をするからな。参加するだろう？」
「わ、ざわざありがとうございます。ぜひ、参加させてください。」
「君の好きな店にしておくから、楽しみにしておいてくれ。」
「楽しみ、です。」

にこにこしながらお礼を伝えれば満足そうな表情を向けられる。
それと共に、背中にぶつかる視線も重くなる。
歓迎会は、私と部長だけでやるわけじゃなく、周りの人たちも巻き込む。
だから、余計に疎まれてしまうのだ。

幸い、今日は金曜日で土日は休み。
なので、どうにか今日を乗り越えようと自分に言い聞かせた。

デスクの上に置いてある筆箱に付けられたキーホルダーが視界に入る。
北海道旅行の記念に、と真美がお揃いで買ってくれたものだ。
微妙にリアルなカニのイラストが模られたそれは、どうやら真美の好みドストライクだったらしい。
絶対これお揃いにしようと手に持って詰め寄られた。

清川さんと別れてからは何事もなく、楽しい旅行を終えることができた。
そういえば、彼は普段東京に住んでいると言っていたっけ。
真美は結局、彼の正体がわからないと唸っていた。
俳優に詳しい真美がわからないとは、もしかしたら俳優ではないのかもしれない。

まあどちらにしろ、もう関わることはないのだろうが。