【男主】熟れた赤い果実の様に

12話　拭って尚残る ページ38

近隣最強の名を欲しいままにしていた“賞金稼ぎ”を下した2人に敵はなく、実にあっさりと優勝を手にすることができた。

その圧倒的な強さに魅了された観客達の歓声は留まることを知らず、かつてないほどの熱狂を見せた。

気の早い者達は既に次回の演目について語り合っている。


そんな彼らを横目に、賞金の授与式も早々に切り抜けてきた2人には
やれ専属の剣闘士にならないか、だのやれ我が家に雇われてくれないか、だのやれ衛兵隊に興味はないかだのと怒涛の如く勧誘の波が押し寄せていた。

円形闘技場の運営に携わる者、物見遊山に訪れていた貴族からの使者、公僕、記者、──と様々な顔ぶれがぐるりと取り囲む中、アスールとトールは一刻も早くAの元へと向かう。




。



。



。





待ち合わせの場所にしておいた例の噴水広間。

フードを深く被り縁石に座るAが暇そうに足をプラプラと泳がせていた。

赤くなり始めた陽の光を噴水の水が乱反射させ、Aの佇まいに煌めきを加えている。

そんな幻想的な雰囲気を濃密に漂わせる空間に、無骨な声が投げかけられる。



「悪い悪い、遅くなっちゃって！ほら買ってきたよ」



人懐こい笑みを浮かべ、ヘラヘラと近づいてきた男がAの肩に手を置いた。

予想外かつ突然の接触にAの背が跳ねる。
恐る恐る首を巡らせてみるもやはり相手は見知らぬ男だ。



「えっと……？」



「ん？どしたの？」




警戒心丸出しのAの声など意にも介さず、男は小首を傾げてみせる。

……またか


Aは内心でため息をつく。

試合が終わってから早目に闘技場を出てきてこうして噴水で待っているので割と長い時間ここにいるのだが、
何故だかこいつの様に見しらぬ男や女がやたらと声をかけてくるのだ。

彼、彼女らの真意はよくわからないが金銭等の略奪が目当てといったところだろうか。

先の試合で優勝したアスールらと話しているところを見られていたのかもしれない。

今までは無視をしたり逃げたりで振り切ってきたが、流石にガツンと言ってやるべきだろう。




「人違いじゃないですか？僕は貴方のことなんて知りません、わかったら早くどこかへ行ってください」





それはかなり刺々しい言い方で、Aですら自分にびっくりしてしまう程だった。

そんな敵意にも近い冷ややかな感情をぶつけられた男はそれでもヘラヘラとした笑みを崩さない。

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