奇しきめぐり合わせ。2

71-十字架-(Side信五) ページ22

「行かなきゃダメだって」

村「行きたくない」

「ダメだってば」

村「嫌や」

「もー！本当に大丈夫だし、家に居るから」

村「ほんま？」

「ほんま！」

村「…下手やなぁ」

玄関でのこんなやり取り。

新婚の時ですらこんなことした記憶ないんやけど、
そんな気分なんやから、しゃーないやろ？

頭を撫でて、玄関でキスをする。

所謂、行ってらっしゃいのキッスってやつやな。

…あかん、顔がニヤケルし、
めっちゃ俺、今シアワセやって思ったのに、
職場についてそんな浮かれ気分はすぐに飛んでいく。

『村上さん…お時間いいですか？』

すぐに話しかけられて、
顔を見ると明るい話やなさげやし、
聞きたいこともあったから空いとるミーティングルームに移動して話を聞くことにした。

コトを起こしてもあかんし、もうそんな気分もない。

せやから選んだのは外からも中が見えるようになっとるところ。

そこに入ってすぐに、渡されたのは

村「…退職届…？」

『はい、いままでお世話になりました…』

村「辞めてどうすんねん」

椅子に座るように促しつつ、俺の方が先に座る。

『旦那のカフェを…』

村「手伝うんか？」

『…はい』

去るものは追わへん。

冷たいって言われるかもしれへんけど、
一度辞めるって言ったやつを引き留めたところでまた辞めるって言うのはわかっとるから、
いつからか引き止めることをやめた俺が居る。

村「有給残っとるやろ？
総務で確認してきて、引継ぎやったりして、
最終日を教えてくれへん？
引き継ぐヤツは俺が考えるわ」

『はい』

沈黙が流れる。

俺の方が誘って、乗って来たのはAやけど、
そんなことをしたのは俺の方で。

引け目しかあれへんから、
この空気が耐えきれんくなって椅子から腰をあげる。

『あの…』

村「…」

『いろいろ教えていただいて…その…』

言いながらなにを考えとるん？

頬を赤らめながら言うことでも、言う場所でもないやろ？

『教えていただいたことは…その…
旦那にこれからはしてもらおうと思います』

村「…は！？」

見せられた腕には赤い痕。

そういうケジメのつけ方なん？

まぁ、それでシアワセやったら俺はかまへんのやけど。

『あと…奥さん、大丈夫ですか？』

それだけ言って部屋を出て行きやがった。

どうなろうがお前らには関係ないやろ？

Aをつき落としたのは、あの坊ちゃんやろ？

訴えへんかったのは、
俺は俺の十字架を背負って生きることにしたからや。

72-思い出を-(Side B)→←70-強い子-(Side信五)

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す