5.狡猾に ページ7
｢なぜこの場所にいるのかさえも覚えていないんです。｣
菊比古の瞳に真実だと訴えかける。
彼は不意をつかれたようで瞳を見開いた。
それは何処までいっても真っ黒で、実は人間の瞳の中が1番の暗闇なのかもしれないと思った。
鏡のように人間の欲深さを写し出す。
｢本当に何も覚えていないのかい？｣
彼は憐れみと思い遣りが存分に含まれた声色で問う。
｢……はい。｣
私は生きるために嘘をついた。
死という選択肢しかなかった状態から生という選択肢が生まれたから。
菊比古という人物が目の前にいる。
言うなればそれが“解”だ。
菊比古という人間性は一見、冷静で真面目で知的、だが頑固な面もある。
これが大概の人の見解だろう。
しかし、彼は不器用なほど情に厚い。
悲惨さを垣間見れば表面上は突き放すが内面では援護をする。
すぐに絆されるのが彼なのだ。
私は『漫画で知っていたから』その理由だけで不器用な優しさに付け入る。
最低だ。生きるためという大義名分があるとしても、もっと彼と誠実に向き合うことも出来たのではと考える。
でも、何度考えてもこれ以上の最善の策は見つからない。
『あなたを漫画で読んだので知っています』
『私は別の世界の人間です』
『だから私を助けてください』
真実は滑稽でお門違いだ。
誠意があっても筋違いな言葉で伝える愚痴に成り下がることは出来なかった。
私が画策に走る間にも菊比古は眉間にしわを寄せて瞑想に浸っていた。
ゆっくりと手探りで言葉の重さを図ってくれているのだろう。
｢……お前さん、ずいぶん災難なもんだ。警察署には明日行くとしても今晩は困ったもんだい。
そうだねぇ。どうだい。今晩はうちに来るっていうのも一つの手だが……お前さんはどうしたい？｣
私に選択させる所が彼の手厚さであるが酷なものだ。それでも私は悟られないように羊の皮を被る。
｢…………お願いします｣
そうかい、こんな事は他愛もない事だと言うように彼はさらっと引き受けた。仏頂面の彼はどんな微笑みにも負けない温かみがあった。
｢決断したんだったらその重い腰をあげな｣
慌てて立ち上がる。
菊比古は杖に体重を掛け、置き去りにされていた私のリュックを手渡してくれた。
そして｢お前さんが傘をさしな｣と言って持ち手を渡された。
歩幅は合わせてやるからゆっくりでいいという彼の隠されたメッセージに目頭が熱くなった。
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司(プロフ) - かさむらさん» ありがとうございます！ゆっくりな更新になるかとは思いますが、また覗きに来てください😊 (2022年3月10日 20時) (
レス) @page12 id: a9e06ac14f (このIDを非表示/違反報告)
かさむら(プロフ) - 好きです😭 (2022年2月21日 1時) (レス) id: 4aae2010b1 (このIDを非表示/違反報告)
司(プロフ) - 返信遅くなってしまい申し訳無いです。三年ぶりの更新ですのでこのページにいらっしゃる事はないかと思いますが、完結させるまで描きたいと思います。コメントありがとうござました！！ (2020年4月30日 20時) (レス) id: 619e207b44 (このIDを非表示/違反報告)
はな - 好きです (2018年10月4日 12時) (レス) id: 45985fda0f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：司 | 作成日時：2017年6月12日 12時
