第252話 ページ24
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「トイレにしては随分遅かったな。逢引きか?」
部屋に戻ると言う彼女を送り届けて、おれも帰室した。相変わらず椅子に座って書類を捲っている一瀬さんはおれを一瞥して、文字に視線を落としたままそう言った。
「‥‥逢引き、って。何の事すか。相手がいないでしょ」
「おまえはAが好きなんじゃねぇのか?」
布団に潜り込みながら返せば一瀬さんは言って、おれはぎょっとして彼を見た。「わっかりやすいよなぁ、おまえ」と揶揄うような笑みを浮かべた。
そっと部屋を見回して、他の同室者に聞かれていないか確認する。起きた気配はないが、狸寝入りで全員聞いていましたなんてことも十分あり得て頭を抱えたくなる。特に菊地原は。
「‥‥だったら、なんすか」
「避妊はちゃんとしろ」
「ぶん殴りますよ?」
ここに彼女がいなくて心底良かったと思った。無言かつ無表情で刀を抜くAの姿が目に浮かぶ。それに、そもそも。
「‥‥そもそもおれら、付き合ってないんで」
「へぇ」
興味なさそうな返事だ、なんなんだと思いながら布団の中から見上げれば、意外にも彼はこちらを見下ろして理由を尋ねるような視線を送ってきていた。
「明日死ぬかもしれねぇんだから言っとけよ。後悔すんぞ」
「‥‥それは、あんたの経験談?」
「‥‥いや。おまえらは本家だ分家だ気にしなくていい立場なのに何足踏みしてんだって思っただけだ」
「経験談だろ、それ」
妙に含蓄のある言葉だった。「‥‥あんたがそんな自分のこと話すのは、Aのため?」
迅さんと似ていると思った。声だけでなく、性格も。だからこそこの人は自分のことを進んで話したがるような人ではないだろう、という予想もしていた。本来ならきっとそうだろう。
だがAが絡むと、彼は何かとおれに助言のようなことをしてくる。おれが迅さんと一瀬さんを重ねているように、この人もAを誰かと重ねているのだろうか。
一瀬さんはおれの質問には答えなかった。それが答えだろう、と思う。
「‥‥一応、言ってありますよ。でもあいつが、付き合えないって言ったんです」
ぱらり。紙が捲られる音が室内に響いた。
「自分だけ幸せになるわけにはいかないんだ、って」
「それでおまえは、あっさり引き下がったって?」
「なわけないでしょ。頃合い見てまた追い込んでやりますよ」
一瀬さんはふっと笑って、「杞憂だったな」と言った。どういう意味ですか、と尋ねても上手くはぐらかされるだけだった。
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じゆんきむ(プロフ) - 返信ありがとうございます。楽しみに待ってます! (1月11日 21時) (レス) id: 3005c0f58d (このIDを非表示/違反報告)
夏向(プロフ) - じゆんきむさん» 返信遅くなりすみません。現在修正中なんですがリアルが忙しくて…。年度内には再公開できればと思っております (1月11日 2時) (レス) id: b371f4960f (このIDを非表示/違反報告)
じゆんきむ(プロフ) - 7個目の話はいつ公開されますか?? (12月27日 1時) (レス) id: 3005c0f58d (このIDを非表示/違反報告)
雫鶴鳩 - ありがとうございます!!見捨てなんてしませんよ(笑)これからも更新頑張ってください!! (2017年10月21日 17時) (レス) id: 86c88d0ffc (このIDを非表示/違反報告)
夏向@テスト期間は低浮上(プロフ) - 雫鶴鳩さん» (続き)読みにくいかと思われますが、今後はそのように解釈していただけると嬉しいです。これからもこの小説を見捨てないでいただけると大変ありがたいです! (2017年10月21日 10時) (レス) id: 2e5a8262c2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:夏向 | 作成日時:2017年10月10日 16時