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__0時30分
静かな部屋にコンコンコンと規則的なノック音が響き渡る
扉の向こうに向けて“どうぞ”と声を掛けると丁寧な所作で扉が開かれた。
それに合わせて構えていたものを下げればカツカツと歩み寄ってくる
入ってきた人?
暗くて顔こそ見えないいものの、不法侵入者以外ならもう彼しかいない。
「……お嬢様。そろそろお休み下さい。」
『…もう上がっていいのよ?』
「私が不満なのは勤務時間が長い事ではなく、お嬢様がご自身のお身体を労わって下さらないことです」
私の目の前まで来たことで月明かりに照らされ、ようやく顔が見えるようになったがその表情は明らかに不満そうだ
「……何もこんな長時間稽古なさらずとも貴女はご立派でしょうに」
「……劣等生にはこれくらいが十分よ」
昔からそうだ。
人の何倍、何十倍、何百倍とやらないと同等に立てない
だから成長過程の時間確保のために睡眠を削ることはやむを得ないのだ
「……やむを得ない訳ないでしょう」
『あら、』
心底呆れたように溜息をついて私の前から譜面台をかっさらっていく。
行動が不敬じゃないかって?
___私たちはそういう約束をしているから大丈夫。
「……月明かりだけでこんな遅くまでバイオリンの稽古など、……あぁそう言えば。
___本日も月が綺麗ですね」
本日、と言うべきでしょうか。
それとも明日と言うべきでしょうか。
「満月を迎えるそうですよ」
『……そう』
__満月、ね
彼は今頃何しているのかしら
「月明かりに照らされる貴女も魅力的ではありますが、明日も早起きなさるのでしょう?そろそろ休みましょう」
『……そうね。先に行ってて』
私の申し出に一礼して本当に譜面台を持っていった執事の本気度に思わず苦笑してしまう
あの日、あの時
彼は私が不登校になっても何も言わずに受け入れてくれた
貴女が幸せならばそれでいい。と言ってくれた
……今、私が学院に出向いたら彼はどんな反応をするのかしら
そう思った刹那。
暗がりをひとつの光が灯す
発光元は近くのテーブルに置いていたスマホ。
おずおずと手に取ると画面には懐かしい人物からの着信
その名前を見た瞬間に数日前の記憶がフラッシュバックする
“新しい何か”、“転校生”
2つの単語が頭を過ぎった瞬間
私の手は無意識に動いてしまった。
これが運命を大きく動かすとは知らずに_____
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作者名:八月蝶 | 作成日時:2023年3月3日 23時