51:不意打ち、ダメ、ゼッタイ ページ4
「榎木さんといると気楽で良い」
ぼそりと小声で呟いた私の言葉は榎木さんの耳にはバッチリ聞こえたようで。
現在、私達は食べ終わった食器を綺麗に洗っている最中である。
「それ」
「え?」
「呼び方」
数秒、沈黙が続く。
彼は何事もなかったかのように、泡のついた食器を水で流している。ん、と短い返事をして洗い終わった後の食器を私に渡す。
まだかな、と言わんばかりの横顔から読み取れる表情。…よし。
「っ、…淳弥さん」
「よくできました〜」
「子供扱いしてませんか?」
「よしよ〜し」
「無視か」
キリよく終わった食器洗い。タオルで拭いた後、えの…淳弥さんは私の頭を優しく撫でてくる。撫でるの好きなのかな。身長的にも丁度いいのかも。
*
Aの仕事が午後と言いつつ、準備はあるようだから今日は一旦解散することになった。
「あの、次来る時は着替え持ってきていいですか?」
「いいよ」
「あ、でも邪魔になるか」
「じゃあAの洋服の分が置けるように片付けとくね」
「ありがとうございます」
玄関先で今後のことを少し話す。
自分の家に好きな子が来ていること自体、信じたがいけど一言で表すなら最高だ。
「淳弥さん」
「ん?」
「これからはご飯…家で一緒に食べることができるんですよね」
「そうだよ。頑張って作る」
「私、今幸せです」
「これからだよ。まだまだAには幸せになってもらわないと」
ついさっきまでのことを思い出す。ご飯を食べている彼女の姿は可愛らしいものだった。特に肉と魚が好きと言っていたAなので、食べることが好きなのかなと幸せそうに食べていた姿を見て自然とにやけてしまった。
「好きです」
「えっ」
まさかの不意打ち。ちょっと待て。今思い出に浸っていたのに。更に思い出を増やす気か。
「では失礼します」
「ちょ、A____」
満足したのか、俺が返答する暇もなく、ドアを開けて帰っていってしまった。
…玄関でポツンと立つ俺。
「不意打ち、ダメ、ゼッタイ」
はぁ〜と長い長い溜め息をつく。
「もぉ何あの子。本気で緊張してないの?マジ?」
自分1人になった家で、ありえないと何度も呟く。そして頭を抱えてしゃがみ込む。
「もっと恥ずかしがるところとか見たかったのに。男前すぎるだろ」
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作者名:のん | 作成日時:2023年3月11日 19時