82曲目 *何もない世界 ページ32
「__、…Aー」
誰かが私を呼んでいる。
重たいまぶたを開けるとそこは。
「…え?」
何もない真っ暗闇な世界だった。
天井も、壁も、自分が立っている筈の地面さえわからないくらい、ひたすらに真っ暗である。
「起きたか。ようこそ、“何もない世界”へ」
目の前に突然現れたうらたさんが、恭しく礼をする。
暗闇の中でも、まるで彼が光源であるかのように彼ははっきりと見ることができた。そして、自分自身も。
そして、顔をこちらに向け、にこりと笑い、私の手をとった。
「一緒に、踊っていただけますか?」
「へ、あ、はい」
返事をすると、うらたさんは軽やかな足取りでステップを踏む。
豪華なシャンデリアや綺麗な衣装、音楽もない。
静かな暗闇の中、私とうらたさんだけが踊っている。
「うらたさん」
「何でしょうか、お嬢様?」
「これが、私の夢…“何もない世界”の正体ですか?」
「正体、ね…間違ってはないけど、合ってもないな」
彼は少し切なげな顔をし答えを濁す。
うらたさんが私の手を持ったまま腕を振り上げると、身体がふわりと浮いた…気がした。
この暗闇の中では足を床に付けているのかも付けていないのかもよくわからない。
違和感だらけの、でも何処か心地良い浮遊感が私を包む。
彼は楽しげに笑った。
「ここは“何もない世界”だから、答えなんてものもありはしねぇんだよ」
うらたさんは空中で私を強く抱きしめた。
強く、強く。もう二度と離す気は無いように。
けれど、次第に彼の姿は暗闇に飲み込まれていき、見えなくなっていく。
「なぁ、A。
この世界みたいに、お前の未来にも、制限はないんだ。…俺達にも、何にも縛られず、楽しく過ごせよな」
自分を蝕む暗闇に目も向けず、彼は私の顔を真っ直ぐに見て、言う。
「愛してるよ」
彼は真っ暗闇に溶けてしまった。
何故か暗闇に呑まれない私は何もできずに見ているだけ。
ただ、呆然と何も無くなってしまったそこを見ていると、 後ろから首に腕を回され抱き締められる。
「よぉ、お嬢様。お迎えにあがりましたよ」
志麻さんだ。
今日の私はどうやらお嬢様設定らしい。彼は後ろから私の手をとる。
うらたさんは向き合う形だったのに対し、彼は後ろから手を取り踊る形のようだ。
「志麻さん、あのうっ!?」
私が志麻さんの名前を呼んだその時、彼は膝を思い切り曲げた。
…それは所謂膝カックンである。
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Shooto_Keeki(プロフ) - たまたま見つけて読んでました。もう本当に最高でした、最後の展開で泣きそうになっちゃいましたよw (2019年9月22日 19時) (レス) id: 7c93d27e64 (このIDを非表示/違反報告)
羽飛(プロフ) - 時雨さん» 最後までお読みいただき、ありがとうございました!涙だなんて、そんなに感動していただけてとても嬉しいです…! (2019年1月31日 9時) (レス) id: 56a129691b (このIDを非表示/違反報告)
時雨 - とても凄くて感動しました…!!(語彙力低下)最後涙が…;;素敵な作品、読ませていただきありがとうございました…!!!!!! (2019年1月31日 0時) (レス) id: 274b7ae121 (このIDを非表示/違反報告)
羽飛(プロフ) - 夢愛-ゆあ-さん» 長編になっていますが、最後までお読みいただきありがとうございます!泣いていただける程感動してもらうことができ、私もとても幸せに思います。わざわざコメントまでいていただき、ありがとうございました! (2019年1月7日 22時) (レス) id: 56a129691b (このIDを非表示/違反報告)
夢愛-ゆあ-(プロフ) - とても面白くて一気読みしちゃいました…!最後の方は感動で涙が止まりませんでした…(涙)実は小説を読んで泣いたのって初めてで自分でびっくりしてます(((それほど素敵な小説に出会えて幸せです!今から番外編も読ませていただきます!長文失礼しました!! (2019年1月7日 19時) (レス) id: b3b95c5e04 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:羽飛 | 作成日時:2018年11月14日 19時