アルフェラッツの傾慕【瀬名 泉】

言の葉 ページ32

，



「 二人で外国行くの、初めてだよな！
…というか二人で何処か行くの自体久しぶりというか何というか… 」
「 なに、寂しかった？ 」
「 …うん 」
「 ……っあんたねぇ…」



学生時代のあの日のように、頷く彼女の髪をかき回した。いたたた、と同じように返してきたのを見て、また少しだけ笑う。



軽やかな声でアナウンスが流れる。その後を追って英語で繰り返された。それを聞いて隣で彼女が立ち上がる。



「 行くぞ！ 」
「 いや、これ違うところだからぁ 」
「 え？
…あ、何というかその、と、トイレに行こうと思って！ 」
「 …いってらっしゃい 」
「 笑うな！声が震えてるぞ！ 」



こう、お茶目なところもあるものだから。どうしようもなく惹かれてしまうのだ。勢いよく駆けていった彼女に、「 気をつけて 」なんて言の葉は届かなかった様だが。
整った容姿にあの笑顔なのだから、目に付きやすい。自分は容姿だけに惹かれた訳ではないと、心の中で何かが主張している。




そう考えて、やはり後を追おうと立ち上がるともう既にわけがわからない男に二の腕を掴み上げられていた。当の彼女はぽかんと口を開けて軽そうな笑顔を顔面に貼り付けた男を見つめているから、腹の中が何かに掻き回されたような気持ちになる。単純に言えば怒りと呆れ。少々の独占欲。
もうこのまま見守っていようかと意地の悪いことも考えたが、もう直ぐ連れ去られてしまいそうなので奪還に向かうことにする。




「 …馬鹿じゃないの 」
「 え？何でだ、ただ道を聞かれて… 」
「 道を聞いただけに見える？ 」



その男を見遣れば焦った顔で足早に去って行った。背中に すぐ目の前に地図あるでしょ という言葉を浴びせる。やはり当の彼女はお人好し精神の為か、案内さえするつもりだったらしい。それは計算か、と少しだけ感じたが、この馬鹿に計算が出来るわけない。本物の数式ならば、人よりも知っているであろうただの馬鹿。




「 馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ！ 」
「 いや、馬鹿はあんただけで十分 」




未だあまり名前を呼んでやれない自分が、タイミングを掴めなくてポケットの中に忍ばせたものを渡せない自分が、素直になれない自分が、彼女の言う通り正真正銘の。





，

終わり ログインすれば
この作者の新作が読める(完全無料)

←徒然なる侭

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す