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「先輩、あの……花火、しませんか」
じゃあねと去ってしまう前に提案した私は、きっと夜にも関わらず暑苦しいその温度に浮かされていたんだと思う。
そうでなくては説明がつかなかった。コンビニに売っていた花火セットをなぜか覚えていたことも、三年前の夏をふと思い出してしまったことも。
「はぁ？ 花火って、今から？」
馬鹿にしたように綺麗な形の眉目を顰めていた先輩が、今や花火にライターで火をつけてくれていることだって、不思議でたまらなかった。
花火大会は私たち二人しかいなかった。この場所も多めな花火も、二人占め。以前はあんなに賑やかで仕方なかったけど、今は会話の端々に波の音が混ざる。先輩と二人で花火横目に話した時ですらこんなにひっそりとはしていなかったと思う。
でもなんだか、ちょっぴりそれが居心地良くも思えてしまうのは、先輩の雰囲気なんだろうか。それとも、私が少しは先輩に近付けているのだろうか。
「まさか、この歳になって手持ち花火とはねえ。子どもっぽい」
先輩は鼻で笑ってから、暖かい火の点いた花火を手渡した。
「全然成長してないんじゃないの」
「そうかもしれないです、ね。でも私も先輩が乗ってくれるとは思っていませんでした」
「気が向いたからだけどぉ？ それに、俺があの場で帰ってたらあんた一人で悲しく花火してたんだろうし」
「さすがに、一人ではしないですよ。先輩が付き合うって言ったからです」
「生意気」
びり、とさらに袋を破いて、先輩が花火を一つ取り出した。何となく、彼のようなアイドルにその質素さは似合わなく思えて、小さく笑ってしまう。
「何でもいいけど、早く火分けてくれる？ あんたのが消えたらまた付け直しになって面倒臭いんだけど」
「あ、はい。すみません」
「ほら、早くこっち来てよ」
笑っていれば先輩が私に数歩寄って腕を近づける。誰よりも今だけは近くなる。そのまま、安っぽい花火の先がキスをした。
「……案外綺麗じゃん」
ほんの数秒触れ合って火が移る。それからぶわっと、いつかの思い出が溢れ出るようにオレンジ色の明るい光が視界を彩った。
それは先輩の瞳の中にも確かに存在していた。
「綺麗ですね」
「そうだね」
「すごく、綺麗だと思います」
「何回言うつもり」
「分かんないです。花火の数だけでしょうか」
「っは、馬鹿じゃないの」
視界の中の光が薄い膜の上で揺らめいた。
「先輩、すごく、綺麗です」
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作者名：ねむい | 作者ホームページ：
作成日時：2019年8月26日 19時
