◇ ページ32
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Aの異変に気付いたのは薫だけだった。
星の瞬きを映したような瞳から一粒一粒星を奪っていくかのように、Aの瞳に輝きがなくなっていた。
ただ、Aの所作は全く変わらない。
二十の彼女も人望の厚い、出来た人間だ。顔も整っており、身体は健康的にスラリと細く、動作は嫋やか。彼女はその清らかな姿で老若男女に好かれ、愛される。
五年経っても、その姿は全く変わらなかった。
「っ、A、さん」
「…？どうしたの？薫くん」
「何が、あったの」
_____彼女はそこを、" 籠城 "と呼んだ。
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それは、自分に不必要なものをすべて閉じ込めておく場所なのだと言った。憤怒、悲哀、嫉妬、羨望、絶望……そういうものを、すべて閉じ込めて置く場所なのだと。自分に残る感情を、希望と歓喜、それに親愛だけにしたのだと。プラスの感情だけを遺して、あとは全て籠城に捨て置いたのだと言った。
そのせいか、Aは笑顔しか見せなくなった。
その笑顔は綺麗だった。月のように、優しい笑みだった。
その裏に何を隠されているのか、
「薫くんに気付かれちゃうなんて、不覚だなぁ」
そういってまた笑った彼女の顔には、悲哀が混じっていた。それから、彼女が薫の前に姿を現すことは無かった。
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気付いたのはきっと、俺がAさんのことを好きだったから。そして、彼女には誰かからの「好き」の気持ちが一番辛かった。だから、俺の前から消えたのだと、俺は何故だかずっと前から知っていた気がしていた。
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彼には" 夜 "がふたつあった。
夜から一筋、涙液が重力に従ってするすると落ちた。
たった一滴の雨がそこだけに降ったようだった。
もうひとつの" 人影 "も涙を流していた。
ふたりの涙の意味は、ふたりにしかわからない。
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作者名：ねむい | 作者ホームページ：
作成日時：2019年8月26日 19時
