◇ ページ25
でも、残念。生憎、ぼくの気持ちはその程度じゃない。ささやかじゃ、つまらないから。ぼくの愛は重すぎて、きっときみには飲み干せない。
「貴方は、わたしには眩しすぎた」
案の定、飲み込む前に喉につっかえてしまったきみの、唇がわななく。それは、あまりにも言われ慣れた。眩しいこと、良いことだと思ってたけど。というか、今も思ってるけど。
「たまに、直視出来なくなるぐらい」
きっとそれ、愛のイミテーション。ぬるく、どころか冷め切ったコーヒーと、手つかずのサンドイッチの前で、きみはうっそり俯く。サーモンのキッシュも無いような、場末の喫茶店。だけどきみが、好きだったから。
「そんなところも、大好きだったけど」
おそらく次の瞬きで、涙が落ちる。でもきみは必死に睫毛を震わせて、堪える。
「でも」
サンドイッチを一口、かじった。ずるりとレタスが這い出てくる。きもちわるくて、悍ましい。それでも、飲み込む。砂みたいな味、最悪。悪い日和。
「汚いもの、怖いものから守られて、隣も歩かせてもらえないのは、もう嫌だ」
だってぼく、きみには綺麗なものだけを見て生きて欲しかったから。
「それが、貴方の優しさだったんだろうけど」
目を閉じる、きみの、薄いまぶたの向こう。きっと、ぼくはただの憧憬に成り果てる。そして、きみは、ぼくを構成する概念のひとつから、外れてしまう。
「期待、してないって、言われてるみたいだった」
きみ、きっと立派な女優になれる。だって、涙の一粒を落とすタイミングまで、完璧。しめやかなBGMに混じる、ちいさな嗚咽。
でもね。きみ、多分、勘違い。だってぼく、結構きみのこと期待していたんだもの。ノブレスオブリージュなんて、施した覚えはない。
「……そんなことないけどね」
「いいえ。日和には分からない」
寂しがりやの、貴方には。ああ、このままだと、溺れそう。ごぽごぽ。うまく、空気を吸えないから。
「貴方はきっと、夜が嫌いだけど」
最後の一口。これは、きみの愛。そして、ぼくの愛でもある。ぼくはきみの愛を、余すことなく嚥下できる。だのに、きみはいちどもサンドイッチに手をつけなかった。
「わたしは夜が、好きだった」
ただ一つ、分かるのは。きみの愛とぼくの愛は、決定的に、ちがう。少なくともぼくは、じっと息を詰めたような暗夜よりも、選りすぐった一番星を敷き詰めた空が好き。でもきみは違う。それだけで、そういうこと。
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作者名：ねむい | 作者ホームページ：
作成日時：2019年8月26日 19時
