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『ほんとうに、あなたはそれで……しあわせ?』

……そんな風に言わないでよ。しあわせなわけがないのに。喉まで競り上がった言葉をゆっくり飲み込んだ。こんなの、残酷。確かに彼女のそれは台本通りだけれど、なんだか嫌に儚くて消えてしまいそうで繋ぎ止めておきたくなる。嗚呼でも、それは君も含めて皆が望まない終幕だったね。僕と彼女が結ばれないことが、その他大勢の幸福に繋がるのだから、僕がやるべきことはただひとつだけ。

『うん、そうだよ。この選択は僕の思う幸せな結末に必要なんだ。でも、聞いて?』

彼女への最初で最後の贈る言葉。ずっと隠していたけれど、出会ったときから僕は惚れていたんだ。……ここは、やっぱり深い海の底みたいな何処か。暗いくらい底からじゃ、姿も見つからない。もしかして、彼女に深く溺れてしまったからこそ、手を伸ばしても届かなかったのかもしれないね。

『僕は、たしかに君のことを愛していたんだ。』
『随分と今更ね。……私は、そんなあなたが嫌い。』

吐き捨てるような言葉とは正反対に、彼女は最後にさようならと小さく微笑んだ。
その表情は今までの何よりも美しくて、思わず息を呑む。


やはり、何処か儚くて綺麗な月はあまりにも遠すぎたのだ。


だから、台本通りに背を向けて彼女が一歩踏み出したときだって、伸ばした指先は彼女を掴むことは出来ない、筈だったのに。


……一瞬、たしかに何か聞こえた気がした。それが、何だったのか。誰にもわからなかった。いやきっと、僕……と、彼女以外には聞こえていなかったのだろう。


「来ないでッ!!」


哀愁が残る静寂を破ったのは君。それはあたかも予期していたかのような素早さで、伸ばしかけた僕の手を振り払った。
今まで高みの見物を決めていた、ソレは、乱暴な音を立てて彼女を襲う。咄嗟に理解できなかったのだけれど、それは最悪の事故だった。

突然の照明の落下。君は即死。こんな結末、何処にも無かったのに。

君の周りに散らばる硝子片は、皮肉にも酷く煌めいていた。……まるで、それらが彼女を飾る星屑のように見えるだ、なんて。
じわり、と広がるどす黒い赤色は君が大切に抱えていた、他人に対する愛情だとか芝居に対する熱情だとかそんなものが詰まっているみたい。とか、そんなことも考えた。周りからすれば、きっと……いや、絶対にきもちわるいと思われるだろうけど、どうしようもなかった。だって、僕にも、何が起きたかわからない。君は全て察していたかもしれないけれど、そんなの僕には理解できない。受け入れたくない。

◇→←溺れる人 / 天祥院英智



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作者名:ねむい | 作者ホームページ:   
作成日時:2019年8月26日 19時

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