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「もう大丈夫です、目を開けて」

その合図で私がゆっくり目を開けたのを確認すると、ゆっくりと彼の腕から離され着地する。
ここはきっと、いや間違いなく空の上だ。
頭上ではごうごうと炎が燃えて球形の袋が押し上げられているのでどうやら気球に乗っているらしい。
眼下には先程まで歩いていた道が小さく見えて、一面オレンジ色の柔らかい光で埋め尽くされている。その灯りも道も判別出来ないほど滲んでふやけてしまったのは、少しだけ強くなった雨のせいか、また別のせいなのかは分からない。

低い雨雲を抜けて、眼下にはオレンジ色の海ではなく夜の色に染まった黒い海が現れた。くるりと彼に向き直れば彼はくすくすと冗談めかして笑う。

「この日々樹渉でも、銀河鉄道を走らせることは出来ませんけど」

そう言って両手を勢いよく広げる。神秘的に輝くシルバーヘアーと肩に掛けたブレザーが翻り、乗っている気球がぐらりと揺れた。けれど、と言葉を続ける。

「どうしてこんなにも夜空とは美しいのでしょう!私たちを魅了してやまないのでしょう、そう思いませんか?」

彼の後ろには沢山の星が瞬いている。
それはもう今までに見たことがないくらいの量の星が一面を埋め尽くして、真っ黒なキャンバスを彩っている。絶景に思わずほう、と息を吐く。見渡す限り続いて行く星空は、それだけでどこにでも行けそうな気さえ起きてくる。

「けれど、それは残念ながら叶わないようですね」

私の心中を見透かしたかのように、彼は一言付け加える。

「たとえ、夢の中だとしても?」
「ええ。寧ろ、夢の中だからこそ無理なのでしょうね。夢を見ていられる時間は有限なのですから」

段々風が強さを増していく。けれど気球の高度だけはペースを落とすことなくどんどんと上がっていく。夢と現実の曖昧な境界線で楽しんでいられる時間は、もうとっくに終わっているのだ。
これが夢だと思い知らせるかのように、もう星に手が届いてしまうのではないかと思うほどに、居たかった場所、戻りたかった場所が遠い。

「……そろそろ、南十字星が見える頃ですよ」

結局最後まで彼は笑顔を崩さないまま、淡々とそう言い放った。さようなら、とか、また逢おう、とか、身勝手で無責任な言葉はさいごのさいごまで言えなかった。

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作者名:ねむい | 作者ホームページ:   
作成日時:2019年8月26日 19時

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