青春夢切符/日々樹渉 ページ11
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それは、この広大な世界の中でもきっと私しか知らないような、小さな小さな恋だった。
今だからこそあれは｢初恋｣であると言えるのだけれど、胸中で仄かに揺らめく鼓動は今までにあったような無かったような、そんな曖昧なものだったから、あれが恋だなんて自覚しようにも確信が持てなかったのだ。
けれど、それが恋だと分かっても、不思議なくらいに彼のことを思い出せない私がいる。いつ彼に出会ったのか、何がきっかけで特別な感情を抱くようになったのか、一回でも私と彼は話をしたことがあったのか、ただ｢彼に初恋を捧げた｣という事実と当時の仄かな胸のさやめきだけが私の記憶の中に彼を留め続けているのだ。
そして、長らく私の記憶の中でだけ生き続けていた彼は、再び私の目の前にその豊かな髪を靡かせ降り立った。さながら天使か、神か、ぴったり当て嵌る例えが見つからないものの、人ならざる神々しさをその見に纏っていると感じたのは確かなもので。
真紅の花弁を振り撒いて、美しき白鳩の羽根が羽ばたいて、優しく持ち上げられた睫毛の先に控えた謎めいた不敵なアメシスト。ここが彼の学校の講堂であることも忘れ、もう彼の公演は終わって他のお客はすっかり帰ってしまっていることにも気が付かなかった私は慌てて席を立って、舞台に対する感動よりも先に衝動的に｢お久しぶりです｣なんて口を開いてしまった。その先には不思議そうに首を傾げる彼がいる。やがてふんわりと上品な微笑みを作って、恭しく私の手を取った彼の口から零れた美しい声は、酷く残酷なのだ。
｢初めまして、美しいお嬢さん。
私の劇にご感激頂けたようで何よりですが、外はもう暗いので早めにお帰りになった方がよろしいですよ？｣
──いつ。どこで。どのような経緯で。
確かにそれは、夢の中の話ではなかった筈なのに。思い出せないということは、つまりそういうことなのだろうか。
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作者名：ねむい | 作者ホームページ：
作成日時：2019年8月26日 19時
