【完結】傍にいてもいいですか【短編集】

午前10時の珍事 ページ8

午前10時、Aが朝の書類提出と報告等をするため部屋に来る時間である。しかし、5分を過ぎても執務室に入ってくる気配がない。Aはきちんと時間通りに来る。遅刻は1度もしたことがない。鴎外の手元にある書類に目を通してはいるが、頭にあまり入ってこず、時計や扉を何度も見てしまう。
毎度、入ってきたAに今日もAは美しいね、等と声をかけると、ありがとうございます、と恥じらいながら部屋を去る。これが鴎外の朝の楽しみの1つであった。
確認し終えた書類を置き、扉に目をやった瞬間、音を立てて勢いよく扉が開いた。ツカツカとヒールを鳴らしながら机に向かってくる。

｢遅くなって本当に申し訳ありません！！これが本日の書類で、報告は特にありません！本日はなんなりと仕事をお申し付けください！！｣

勢いよく一息で話し、いつもの倍以上の声量に、ぜぇぜぇと肩で息をしているA。いつものお団子ヘアではなく解かれた長い髪にマスク姿だった。鴎外はAの行動が可笑しくて吹き出し大笑いした。

｢なっ、何かおかしいでしょうか？！｣

｢いやぁすまない、いつも大人しい君があんな勢いよく扉を開けて、あまりに大きな声で話すからつい、ね｣

｢い、急いでたので…！｣

穴があったら入りたいと言わんばかりの声がまた可笑しくて笑いだす。しかし顔が見えないのが残念だ。そのマスクの下はほんのり赤く染っていることだろう。
話を聞くと、時計のアラームをかけ忘れてしまい起きたのはつい20分ほど前だと。髪を結う時間も化粧をする時間もなかったようだ。

｢…以後気をつけます。｣

怒られた子供のように落ち込むAの姿に可愛さを覚えた。
鴎外は立ち上がり、Aの側により顔を近づけた。

｢うーん、マスクが邪魔だな｣

｢取っちゃダメですからね？！｣

口元を抑えようとする手を取り、マスク越しにキスをした。

｢…やはりない方がいいね。｣

楽しみの1つが今日は出来ないので、代わりのキスをした。しかしマスクの下はいつもの恥じらった顔をしていることだろう。

｢さ、今日はこれだ。私の代わりに頼むよ。｣

鴎外は机にあった数えきれないほどの書類を渡した。Aの顔から血の気が引いていく。

｢これら全て午後18時までに。出来るね？｣

｢…は、はいぃ…。｣


その日Aは、二度と遅刻をするものかと心に誓い、午前18時になる寸前で仕事を終わらした。

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