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「悪いね、こんな身の上話を聞いてもらっちゃって。」
「いえ、むしろ貴重なお話を聞かせていただいてしまいました。」
「そう思ってくれたなら嬉しいよ。この話をしたのも理由があってね。最初に "選ばれた" って話をしたでしょ?」
彼の言葉に、はい、と肯定する。
店内に入ってすぐ。たしかに彼は、"選ばれた" と、そう言っていた。
「リノが自ら飼い主を選んだように、スンミンもAさんを選んだんだよ。」
「でも、わたし、スンミンくんとは今初めてお会いしたばかりです。」
そう、出会った記憶はどう遡ろうとない。
偶然会っていたとして、こんな美少年が街中にいようものなら、間違いなく数多の人間が騒ぎ立てているはずだし、実際そのようなことはなかった。
では何故。
「この時間に店を開けろ、と言ったのはスンミンでね。Aさんには、気まぐれなんて言ったけど、本当はいつも世間一般と同じように昼間しか開けていないんだよ。」
上手いこと騙されていたのか、と思っていると、ごめんね、今日を逃したくなかったんだ、と怪訝さが顔に滲んでいたであろう私に対し、即座に謝罪を述べるバンさん。
大して気分を損ねていなかったにも関わらず、誠意溢れる真剣な眼差しで謝る彼がなんだか面白く映り、ふっ、と声に出して笑ってしまった。
「あれ。怒ってない?」
様子を窺う私より何歳か歳上であろう彼がなんだか幼く見えてしまって余計におかしい。
「営業時間偽られたくらいで怒らないですよ。でも、どうしてスンミンくんはお店を開けるように言ったんですか?」
「Aさん、昨日の夜もここを通ったでしょ。」
「はい。昨日この裏路地を通れば早いことに気づいて。」
「それをスンミンが見ていてね。」
その言葉を聞いて、一気に恥ずかしくなった。
残業帰りで散々な姿だったはずだ。今日も例外でないと、慌てて髪を手櫛でといてみたが、おそらくなんの意味もないし、今更すぎる話だ。
そんな私のどこが良かったというのだろう。
「こんな満身創痍な私を見て選んだって言うんですか。」
「良くも悪くも満身創痍だからじゃないかな。頑張ってる君をどうにかしてあげたい、とそう思ったんだよ。」
バンさん伝に彼の意思を聞き、この子は身だけでなく心まで美しいんだ、と感心した。私の頑張りを見てくれている人_彼は人形だが_がいると分かっただけでも苦労が報われたような気がして嬉しかった。
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作者名:not found | 作成日時:2024年3月15日 2時