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「君と同じ科に娘がいるんだ。」
そう言われて記憶の中から、佐伯と名乗る生徒を探す。思い返せば居たかもしれない。
いや、知っている。入学初日に話し掛けられた記憶がある。
正直、あまり思い出したくはないし、これと言って良い印象もない。
それに何故同じ学科だと知っているのだろうか。自分はクラス内で目立った行為はしていないと思うのだが。
男性の娘と友人関係にある訳でもないのに、自分の名前が挙がる事は考えにくい。
余計にこの男の怪しさは増していく。
「突然だけど君の曲を提供して欲しいんだ。スカウト、といえば話は早いかな？将来的にもサポートはするし、悪い話じゃないと思うんだけど。どうかなぁ？」
本当に突然すぎる話だ。上手く状況も呑み込めていないのに、次々と提案される情報を整理出来る訳はない。
しかし自分には明確に定まっている意思が存在していた。
それは、自分がもし提供するのであれば、その相手は
朔間零以外に有り得ないという事だ。
これには納得出来ず、首を振り応答する。
『…ごめんなさい。』
頭を下げて帰ってもらうよう促すも、男性は引き下がろうとしない。
「君の才能は私の所で活かされるべきだ。こんな所で止まってしまうのは勿体ない。」
『ごめんなさい、お引き取り下さい…。』
断り方も上手く分からず、勧誘の勢いに圧され、ぐるぐると頭の中が渦を巻くようにごちゃごちゃとする。
この場から早く逃れたくて、取り敢えず離れる事を最優先事項とし、ピアノの片付けは後回しにしようと決め男性を避けて音楽室から出ようとする。
『そ、れじゃ…私は…。』
「聞いてるよ。君の噂。リズリン所属の朔間零とどうやら関係があるそうじゃないか。」
扉を開けようとする手を引っ込め、その名に反応し振り返る。
「娘がよく話してくれるんだ。ここは君と朔間零とのそういう場所だろ？」
『やめてください。…脅しのつもりですか。』
「そんな物騒な事しないさ。事実だろう？」
『違います。』
きっぱりと断り、男を睨む。
それから頭に浮かんだこの言葉が、口から自然と出ていた。
『この曲は貴方に提供出来るほど安くない。』
気付いた時にはもう言い切っていた。
自分の曲にどれほどの価値を感じているのか、とあまりの自意識過剰さがじわじわと伝わって
恥ずかしさも発言した後悔もあったが
仕方が無い、事実だ。
それ以上何も言わず部屋を後にした。
「……チッ」
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作者名：黒凛蝶 | 作成日時：2022年6月14日 16時
