大野クリニックで祝杯を－淡雪の記憶－ (ページ8)

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「仕方ないよ。この前、俺が卵巣嚢腫の手術をした女優さんが、術後の経過を見せに来ることになっていたんだから。ちなみに、どうやってその子、探したの？」

「まず逃げだした地点に行って、潤くんがプロファイリングでどの辺りに逃げた可能性が高いか割り出したんだよ。そして猫を見つけたあとは、僕がどの方向に逃げるつもりか読んで、そっちに罠を張ったんだよ」

二宮は得意げに胸を張る。

「頭の中に百科事典が詰まっている潤ちゃんなら、猫の習性も知っているわけか。けど、にのちゃんはどうやって逃げる方向が分かったの？」

雅紀は小首を傾げた。

「猫の思考を読んだに決まっているじゃないですか」

「にのちゃんって、人間だけじゃなく、動物の思考まで読めるの？」

雅紀の眉根が寄る。

二宮は読心術の達人で、表情や態度の僅かな変化から、他人の思考を読むことが出来る。

その能力は寒気を覚えるほどの精度を誇り、周りから心を読む妖怪『サトリ』に例えられるほどだった。

「表情の変化が小さいから人間より難しいけど、出来ないことはないよ。目線の置き方とか、全体的な雰囲気とかで何となく分かるんですよね」

「相変わらず妖怪じみてるなぁ。けど、潤ちゃんが予想できたのって、大まかな位置だけなんでしょ。よくそんな小さな子が隠れてるところ、見つけられたね」

雅紀が顎先に人差し指を当てると、
二宮は肩をすくめる。

「ああ、それは大野さんのおかげ。猫の足跡とかを見つけて、それをたどってじわじわ追い詰めていったんだ。なんか、ハンターって感じでカッコよかったですよ」

「大したことじゃないさ。痕跡を隠して逃げている人間を追うよりはずっと簡単だよ」

大野は軽い口調で言うと、カウンター席に
腰掛ける。

この人、本当に何者なんだろう？
櫻井は横目で大野を見る。

変人ぞろいのこのクリニックのスタッフの中でも、大野の経歴はひときわ謎に包まれている。

超一流の外科医としての腕を持ち、しかも一対多の立ち合いを苦ともしない格闘術を身につけている大野。

彼がいったいどこでその技術を磨いたかは、
妹である奈美すら知らないらしい。

「さすがは大ちゃん。やっぱり、俺が行ってもあんまり意味なかったね。せいぜい声帯模写で発情期のメス猫の鳴き声を真似て、周りにいるオス猫をおびき寄せるぐらいしか出来ないしね」

「それって、かなり凄いことなんじゃ……」

櫻井は苦笑した。