大野クリニックで祝杯を－淡雪の記憶－ (ページ7)

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櫻井は「すみません……」と首をすくめた。

「仕方がないじゃないですか。あんなに素早いんですから」

奈美が櫻井をかばう。

「……逃がしたとなると、潜伏場所を変更するはずだ。……厄介だな。しかも、雨が強くなりそうだ」

陰鬱な声でつぶやきながら、松本は暗い空を見上げた。

数分前からぽつぽつと降り出した小雨の雨足が、少しずつ強くなっている。おそらく、もうすぐ本降りになるだろう。

夕方からターゲットを探し続け、数時間かけてようやく潜伏場所を見つけ出した。

再び一から探すとなると、今夜中に見つけられるか分からなかった。

周囲に重い空気が充満し始めた時、ターゲットが逃げた方向から中年の男が姿を現した。

大野クリニックの外科医にして院長である
大野智だった。

「どうしたみんな、暗い顔して」

大野はかすかに無精ひげの生えた精悍な顔に少年のような屈託のない笑みを浮かべる。

その手に抱えられているものを見て、櫻井達は「あっ！」と声を上げる。

いまさっき逃がしてしまったターゲットが両脇を支えられ、観念したかのようにだらりと体から力を抜いていた。

「念のために回り込んでいたら、こいつが逃げてきたから捕まえたんだ」

大野は「よいしょ」と、ターゲットの背中と尻を支えて抱きかかえる。

ターゲットが大野の腕の中で心地よさそうに丸くなるのを、櫻井は呆然と眺めた。

「なかなか大人しいじゃないか、
このお騒がせ猫」

茶トラのオス猫は、返事をするかのように
「にゃー」と一声鳴いた。

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「あ、お帰り。雨、本降りになったけど、濡れなかった？」

地下の駐車場からエレベーターで１階に上がった櫻井達が喫茶梓の店内に入ると、カウンター席で文庫本を読んでいた相葉雅紀が声をかけてきた。

すれ違った女を振り返らせるような派手な美貌、いやその対象は女に限らないか。

引き締まったウエストが、タイトなセーターの上から見てとれる。

こう見えても腕のいい産婦人科医で、大野クリニックのスタッフの一員だった。

「あっ、その子が逃げ出した猫か」

雅紀は近づいてくると、櫻井が持っていた猫用キャリーケースを覗き込む。

「誰かさんがのんびりしている間、大変でしたよ。この猫が隠れていそうなところを這いずり回って覗き込んだり、引っ掻かれたりしたんだから」

二宮が大仰に両手を広げた。