大野クリニックで祝杯を－淡雪の記憶－ (ページ42)

今日:1 hit、昨日:2 hit、合計:82,069 hit

__ ページ42

・

数分歩くと、赤羽の足取りが次第に速くなってきた。

マンションまでは100メートルほどの距離まで近付いている。

「やっぱりそうです。あそこです、私はあそこに住んでいました！」

マンションを指さしながら、赤羽は興奮した声を上げる。

20メートルほど先にあるカーブを道なりに進めば、すぐにマンションに着くだろう。

カーブに差し掛かったところで、唐突に赤羽の動きが止まった。

「赤羽さん、どうしました？」

櫻井たちは異変に気づき、赤羽に駆け寄った。

櫻井はカーブの先に視線を向ける。
胸の中で心臓が大きく鼓動した。

50メートルほど先に見えるマンションのエントランスを取り囲むように、10台を超える警察車両が止まっていた。

制服警官が規制線を張り、その周りに野次馬が集まっている。

櫻井は視線を上げる。

マンションの最上階の外廊下を、刑事らしき男たちが行き来していた。

一室の扉が開き、そこから段ボールを運び出している。

家宅捜索が行われている。

状況を把握した櫻井は、立ち尽くす赤羽を横目で見る。

これは偶然のわけがない。

きっと刑事たちが調べている部屋こそ赤羽の自宅だ。

「……警官がこちらを見ている。立ち止まっていたり、急に引き返したりしたら怪しまれる。進むんだ」

松本が低い声でつぶやく。
確かに制服警官の1人がこちらを見ていた。

櫻井は二宮に目配せをする。

「赤羽さん、行こう」

二宮が赤羽の手を取る。

しかし赤羽は、虚ろな目をマンションに向けたまま動かなかった。

二宮が「赤羽さん！」と鋭い声を飛ばす。
赤羽は体を震わせた。

「大丈夫、ゆっくりついてきて」

二宮は力強く言う。
赤羽はおずおずと頷くと、足を踏み出した。

松本を先頭に、櫻井、二宮、そして赤羽はマンションに近づいていく。

平日の昼間だというのに、エントランスの周りには20人ほどの野次馬が集まっていた。

「……知り合いがいるかもしれないから、赤羽さんは顔を伏せて」

松本の言葉通りに赤羽は顔を伏せた。
櫻井はマンションを横目で観察する。

ごく一般的な家族向けマンションといった雰囲気だった。

主婦や通りがかりのサラリーマンらしき男たちがたむろしている脇を、櫻井たちは通り過ぎていった。

マンション前を通り過ぎて数10メートル歩くと、松本は十字路を右に曲がる。

左右にブロック塀が並んでいる狭い路地を櫻井たちは無言のまま足を動かしていく。