大野クリニックで祝杯を－淡雪の記憶－ (ページ38)

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「本当にこのあたりなんですか？」

櫻井は窓の外を見る。一戸建ての住宅が立ち並ぶ街並みが広がっていた。

松本が赤羽の記憶を頼りにスケッチを描いた2日後の昼下がり、櫻井は奈美が運転するミニの後部座席に座っていた。

「……このあたりで間違いない。手前に川が流れていて、しかもサンシャイン60とプリンスホテルがあの位置関係で見えるのは、この周辺だけだ」

後部座席に櫻井と二宮に挟まれるように座った松本がつぶやく。

「でも、川もビルも見えないんですけど」

櫻井の視界には、ありふれた住宅街の街並みだけしか入ってこない。

「……それは低い位置だからだ。ある程度の高さから池袋の方向を見れば、俺がスケッチした光景が見えるはずだ。……赤羽さんが住んでいた部屋は、ある程度の高さがあるんだろう」

スケッチを描いた翌日の午後には、松本は赤羽が住んでいたのが北区浮間あたりだとあたりをつけていた。

そして今日ら赤羽の精神状態も落ち着いてきたということで、櫻井たちは赤羽を連れて浮間周辺を奈美の愛車である黒いミニで回っていた。

「なにか見覚えはないですか？」

ハンドルを握る奈美が、助手席の赤羽に話しかける。

「何となく見覚えがある気はするんですけど……すみません、はっきりしません」

赤羽ら不安そうに、外に視線を送る。

「気にしないでください。とりあえず、この辺りを流してみますから、もし何か気づいたら声をかけてくださいね」

奈美は笑顔を浮かべると、アクセルを踏み込んでいった。

ミニが急加速する。

「そんなにスピード出したら、赤羽さんもゆっくり観察できないんじゃ……」

危険な予感をおぼえ、櫻井は後部座席から声をかける。

「まだ全然ゆっくりじゃないですか。この辺りの道、車の通りが少ないから気持ちいいんですよね」

奈美は運転席の窓を少し下げる。

車内に吹き込んできた風に黒い紙をたなびかせながら、奈美は気持ちよさそうに目を細めた。

ゆっくりって、既に80キロ以上出ているんだけど。櫻井は頬を引きつらせる。

重度のスピード狂である奈美は、ハンドルを握ると(二重の意味で)暴走しがちになる。

そういう時は大野、もしくは雅紀がたしなめることが多いのだが、今日その2人は車に乗っていない。

2人とも、以前手術した患者が術後経過を見せに来るという事でクリニックに残っているのだ。