大野クリニックで祝杯を－淡雪の記憶－ (ページ32)

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何となく黒魔術でも始めそうな雰囲気だよな。
櫻井は薄暗い部屋を見回す。

蛍光灯は消され、ベッド脇の床頭台ではアロマキャンドルの炎が揺れている。

赤羽をリラックスさせ、催眠がかかり易い状態を作りだすためということだった。

「それじゃあ、はじめるよ」

二宮が声をかけると、赤羽は緊張した声で「お願いします」と答えた。

「それじゃあ、ゆっくりと深呼吸して。ゆっくり吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてーそう、そのままのペースで。そうしたらだんだん手足が重くなってくるよ」

二宮はゆったりとした口調で話しかける。

「ほら、だんだん重くなってきた。次に、体が温かくなっていく。温かいプールの中に浮かんでいるような感覚。全身の力を抜いて、そこに浮かんでみて。そうしたら……」

はたから見ると、茶番のように見えるが、かつて二宮の催眠療法を受けたことのある櫻井は知っていた。

ああやって二宮の声を聞いていると、自分が眠っていながら起きているような不思議な状態になることを。

「君は自分の家にいる。住み慣れた自分の家に。そうだね？」

二宮が声をかけると、赤羽は目を閉じたまま「はい……」と答えた。

どうやら催眠状態に入ったようだ。

「そこはどんな部屋？何が見える？」
「ここは……リビングです」

熱に浮かされたような口調で、赤羽は話し始める。

「その家は一軒家かな？それともマンションの一室？」

「マンションです。ダイニングテーブルにソファー、テレビデッキが置かれています」

「窓はある？」

二宮が訊ねると、赤羽は「窓……」とつぶやいて、目を閉じたまま軽く首を左右に振った。

おそらく、記憶の中の部屋を歩き回っているのだろう。

「ありました。窓がありました」

赤羽は少し興奮した声を上げた。