大野クリニックで祝杯を－淡雪の記憶－ (ページ31)

今日:1 hit、昨日:12 hit、合計:82,158 hit

__ ページ31

・

「でも、かなり苦しいかも……」
「かまいません」

赤羽は視線を新聞に戻す。

「昨日の爆発に私が関わっているのは、きっと間違いないんです。気を失う前、自分が何か機械的なものを……たぶん爆弾を作っているイメージが頭を過ぎりました。もしかしたら、私がその爆弾を仕掛けた犯人かもしれないんです。だから、警察に行くのがこんなに怖いのかも……」

赤羽は体を小さくし、自分の両肩を抱く。

「でも。私は爆発を止めようとしていた気もするんです。今日、目が覚めてからずっと、なにか落ち着かないんです。なにか、大切なことを忘れている気がするんです。だからお願いします。私の記憶を取り戻してください」

赤羽は深々と頭を下げた。

二宮は10数秒難しい表情で黙り込んだ後、マスターが差し出したココアの入ったカップを手に取ると、あおるようにその中身を飲んだ。

「分かりましたよ。やるよ、やればいいんでしょ」
「それじゃあ、さっそく……」

赤羽の表情がぱっと明るくなる。

「だめ。やるのは今日の夜です」

二宮は手のひらを突き出す。

「どうしてですか？私は早く記憶を取り戻したいんです！」

「慎重に準備を整える必要があるんだよ。まず、催眠療法を受ける人は少し眠いぐらいがいいの。赤羽さんは今起きたばかりでしょ。それに……」

二宮は力なく上半身をカウンターに預けた。

「俺がもう限界、催眠かける前に間違いなく俺が先に寝ちゃう」

八畳ほどの部屋にろうそくの淡い光が揺れる。

午後10時すぎ、赤羽と大野クリニックのスタッフは、梓ビルの３階にある病室にいた。

ベッドに床頭台とテレビ、そしてデスクが１つだけ置かれた簡素な部屋。隣にはユニットバスも付いていて、当直室としても使えるようになっている。

大野クリニックはここから歩いて５分ほどのところにある、青山第一病院の最上階にある秘密病棟を使用する契約を結んでいる。

クリニックで手術を受けた患者や、入院治療が必要な患者は、基本的にそこの病室に入院することになっているのだが、このクリニックにも一室だけ病室が用意されていた。

これからこの部屋で、赤羽の記憶を取り戻すための催眠療法が行われる。

壁際には櫻井達が並び、部屋の奥のベッドに横たわっている赤羽と、その傍らに立つ二宮を見守っていた。