大野クリニックで祝杯を－淡雪の記憶－ (ページ26)

今日:1 hit、昨日:12 hit、合計:82,146 hit

__ ページ26

・

「眠そうだね、目の下に隈ができてるよ」

雅紀は自分の目の下を、両手でこする。

「仕方がないじゃないですか。昨日家に着いたの、午前２時過ぎだったんですから。それにあんな事があったんじゃ、なかなか寝付けませんよ」

「えぇ、せっかく大ちゃんが早めに帰してくれたのに。今日の助手、大丈夫？」

「それは大丈夫です」

答えながら、櫻井は昨日のことを思い出す。

気を失った赤羽を3階の病室に寝かした後、大野は櫻井、相葉、松本を帰宅させた。

今日の昼間から雅紀は執刀、櫻井が助手で、某大会社の社長夫人に対して子宮体癌の摘出手術をする予定だった。

かなり大掛かりな手術なので、手術中の麻酔と全身管理を請け負う松本ともに早めに帰って休ませたのだ。

「昨日のこと、どう思います？」

櫻井は言葉を選びながら雅紀に訊ねる。

コーヒーカップに口を付けていた雅紀は、テーブルの上に置かれた新聞を裏返した。

そこに書かれていた『茅場町のビルで大爆発テロの疑いも』の文字を見て、顔の筋肉がこわばる。

「すべての新聞のトップだよ。テレビニュースも朝からこの話題で持ち切り。幸い死者は出ていなくて、負傷者も一人だけらしいけど、東京のど真ん中でビルのワンフロアが吹っ飛んだんだから、当然だよね」

「この爆発に赤羽さんが関わっているんですかね？」

櫻井が声を殺して訊ねると、カウンターから出てきたマスターが、テーブルにトーストとスクランブルエッグが載った皿と、コーヒーカップを置いた。

会話を聞かれたかもしれないが、特に気にはしなかった。

マスターも完全に『こちら側』の人間で、彼の口から情報が漏れることはない。

だからこそ、スタッフ達はこの喫茶店でよく打ち合わせをしているのだ。

櫻井は興奮を抑えるように、コーヒーをブラックのまま一口飲む。

芳醇な香りが鼻に抜け、心地よい苦みが舌を包み込んでいく。

「さあ、どうだろうね。昨日のことだけじゃ何とも言えないよ」

「けど、赤羽さんは時間を確認して、間に合わなかったってショックを受けたんですよ。少なくともいつ爆発が起こるか知っていたってことじゃないですか。もしかしたら、あの人が記憶喪失になるような頭の怪我をしたのも、この爆弾事件に関係があるのかも。やっぱり警察に通報した方が……」

軽く身を乗り出した櫻井の口に、雅紀はトーストを突っ込んだ。